153 / 198

Growing up(9)

 **  電車で自宅近くの駅に戻り、五月のゴールデンウィークに二人でキャッチボールをした、緑地公園に向かう事にした。  改札を出てすぐの螺旋階段を、今日は翔太と二人で下りていく。階段が狭いから、先に行く翔太の後に翼が続く。  こうして後ろから階段を下りていると、翔太の頭よりも翼の目線の方が高くなる。普段なら絶対に見る事のできない高さに、翼はこっそりと口元を綻ばせる。  少し伸びてツンツンと立っている翔太の髪を、春の優しい風が揺らしていた。  不思議と今日は、螺旋階段の揺れが気にならないのは何故だろう。何とはなしに、そんな事を考えていると、不意に翔太が肩越しに振り向いて 翼を見上げてくる。 「あそこで飲み物(のみもん)()ぉていこか」  そう言って、翔太はくいっと顎を上げ、階段を下りた先にある自販機を視線で指した。 「あ……うん」  それは、昔から変わらない翔太の仕草だ。 「あのな……オレ、前から思とったんやけど……」  この事は、今まで口に出して言ったことはなかったし、言うつもりもなかったけれど、なぜだか勝手に口が動いてしまう。  翔太は前を向いたまま、「んー?」と、間延びしたような返事をした。 「翔太って、今みたいに、そうやって顎をクイッて上げるの癖やろ?」 「え? 俺、そんな癖ある?」  翔太は、階段があと五段の所で、勢いよく下まで飛び降りて、後から下りてくる翼を振り返り、そう訊いてきた。  しかし、その瞬間、翼はそれどころではなくなってしまう。  翔太が、階段を強く蹴って飛んだから、大きな音と共に歩道橋全体がグラグラと揺れて、翼は思わず手摺りにしがみつくようにして足を止めた。 「お、まえ! 飛ぶなよな。揺れるやんか!」  さっきまで気にならなかった揺れが、一気に怖くなる。 「ごめん、そう言えば翼って、子供の頃から、この階段苦手やんな?」  そう言った後に、翔太は「ほら、掴まれよ」と手を伸ばす。 「……知っとったんか……」 「そうちゃうかなーって、思っとった」  歩道橋はまだ微妙に揺れていて、翼は、目の前に差し出された手に思わず掴まっていた。  翔太の手に助けてもらいながら、翼がゆっくりと残りの階段を下まで降りると、翔太はそのまま自販機に向かって歩き出す。 「お、おい、手……」  ここは、混雑した繁華街の歩道ではない。その上、二人の家の近所だ。男同士で手を繋いでいたら目立つし、知っている人間に見られてしまう可能性は高い。  翼は、慌てて手を引こうとするけれど、翔太に逆に強く引きよせられてしまう。 「……ええやろ。あそこの自販機までや……」  耳元にそっと落とされたバリトンボイスに心臓が跳ねた。こんな近くでその声を聞いたら、嫌だなんて言えなくなってしまう。 「……うん」  自販機までの、ほんの数メートル。ドクドクと脈を打ちながら、繋いだ手が熱くなっていく。その熱がどんどん身体中に広がっていくのを翼は感じていた。  

ともだちにシェアしよう!