185 / 198
それから~epilogue(3)
「またそんな事言 うて。翔太とは毎晩メールもしてるし、マメに電話もかけてきてくれるし、寂しくなんかない」
全然寂しくないって言えば嘘になるけど。
「へぇ? あの翔太が? 意外やな……あ、そういや、こないだのローションどうやった? 使い心地良かった?」
「…………」
翼はすぐに言い返せずに、思わず黙り込んでしまった。思い出しただけで顔が熱くなっていく。水野に会ったら、文句の一つでも言ってやろうと思っていたのに。
「あれ? 声も出せんくらい良かったんや?」
「……うるさいな……」
耳まで真っ赤にして顔を背けてしまう翼に、水野はクスクスと可笑しそうに笑う。
「また今度、ええのがあったら買 うとくから、ボクと試してみる? 電話で声が聞けても、それって、余計に身体が寂しいやろ?」
「あ、あほな事言うな! お前には律くんがおるやろ?」
驚いて慌てて振り返ると、水野は「冗談、冗談」と言いながら、声をあげて笑い出した。
水野の言う事はいつも、どこまで本気なのか冗談なのか、翼には判断がつかない。
「お前、そう言えば、律くんとはいつから付き合 うてんの? 卒業してから?」
話題を変えようと、律との話を振ると、水野の表情がそれまでとは変化した。
どこか照れたように翼から視線を外し、綻ばせた口元が、幸せそうに弧を描く。
「……リッツのことは、いつかまた、時間のある時にゆっくりノロケたるわ」
「なんや……もったいつけて」
他人の事は、根掘り葉掘り聞いてくるくせに……と思いながらも、翼はもうそれ以上は聞かなかった。
水野の幸せそうな顔を見ていたら、なんとなく……羨ましくて。
「あっ、そうそう。翼って、もうサークルとか入った?」
今度は水野の方が話題を変えた。
「いや? なんも入ってないけど……」
「ほな、野球サークル入らへん?」
(──野球か……)
──翼、大学入ったら野球やれよ。野球部じゃなくても、サークルとかでもええやん。
翔太の言葉が頭を過ぎった。
「でも、水野は野球部入らへんの? サークルなん?」
「うちの野球部レベル高いしな」と、水野は笑う。
「で、サークルもいくつかあるんやけど、どうせなら自分で立ち上げようと思 て。今、人数集めてんねん。翼、小学校の頃野球やってたって、翔太から聞いたで」
「ああ……うん……」
「ほな、ボクと一緒に野球やらへん?」
翔太と距離をとろうとして、やめてしまった野球。本当は元々好きだし、サークル活動ならやってもいいかもしれないとは、考え始めていた。
何もやらなければ、きっとどんどん運動不足になってしまう。翔太が帰ってきた時に、キャッチボールもできなくなってたら嫌だし。
(こないだみたいな、あのハードなキャッチボールは、絶対できなくなるな……)
そう思って、翼は口元を綻ばせた。
「ええよ」
「おっ! やった! ほなまた詳しい事は連絡する。ちなみに、ポジションの希望とかある?」
「やるなら、1番ショートで」
小学校の時も、それが翼の定位置だった。
「1番ショートな。OK」
その時、スマホのバイブ音が鳴って、お互い自分のスマホを取り出した。
「あ、ボクのや……ごめん、ツレと待ち合わせしてるんやった」
「うん」
「ほな、また連絡するわ」
「ああ」
慌てた様子で走っていく水野を見送って、翼は手にしたスマホに視線を落とした。
メッセージアプリを立ち上げて、翔太のトーク画面を表示させる。
(一応、知らせといた方がええよな)
水野に会った事。そして水野が立ち上げる野球サークルに入る事。
ともだちにシェアしよう!