191 / 198
それから~epilogue(9)
東屋のテーブルに、コンビニで買ってきた弁当を広げた。春弁当とステッカーの貼ってあるちらし寿司と、数種類の惣菜を並べていく。
南側の景色に向かって、二人で隣り合わせに座る。
『明日、何時の新幹線?』
唐揚げを箸で摘まみ、口に運ぶ前に翼が何気なく問いかけた。
翔太は、ペットボトルのお茶を一口喉へと流し込んでから『ああ……それな……』と、少し言いにくそうに言葉を区切り、隣の翼に視線を合わせる。
『明日じゃなくて、今夜発つ事になってん』
『……え?』
翼は驚きのあまり、口に入れる寸前の唐揚げをポトッと落としてしまった。
『ごめん、今朝になって親も一緒に行くって言い出して……』
翔太の母親が、最初は行かないつもりだった入学式に、やっぱり出たいと言い出したと、翔太は説明した。
元々、翔太の母親は東京の出身で、入学式の日まで実家に帰る事にしたらしい。
『それで、今夜から親父の車で行く事になってしもた』
『……そうなんや……』
本当なら、明日はこの前みたいに見送りに行こうと思っていたから、翼としては、ちょっとショックだった。
たとえ短い時間でも、明日もう一度逢えるのと、もう明日になったら翔太はいないというのでは、気持ち的に全然違う。
『……そうなんや……』
翼は同じ言葉をもう一度呟いて、──〝寂しい〟そんな言葉を、ちらし寿司と一緒に口の中へ掻き込んだ。
『……翼?』
『……んー?』
心配そうに声をかける翔太に、精一杯、なんでもない振りで返事をして
次から次へと食べ物を口の中に放り込む。
『っ、んっ、ケホッ』
『大丈夫か?』
喉を詰まらせて咳き込む翼の背中を、翔太の手が優しくトントンと叩く。
『翼……』
覗き込んでくる翔太から、翼は何とか顔を背けようとする。
『ごめんな、翼』
(──謝んな……)
別に翔太が悪いわけじゃない。
そう言いたいのに、胸がつかえて言葉にならなかった。
そんな翼の肩を両手で掴み、翔太は自分の方へ身体を向けさせる。
(──やめろよ)
泣きたくないのに。
『……ケホッ……』
もう苦しくないのに、まだ咳き込む振りをした。
『まだ苦しい? お茶飲むか?』
翼は小さく首を振った。
苦しいのは、喉が詰まったせいじゃないから。
翔太の手が、また優しく背中をトントンと叩く。
こんな時に優しくすんな……と言いたいのに。
『……しい……』
言わないと決めていた、あの言葉が口をついて出てしまう。
『……寂し……い……』
『……翼……』
『寂しい、……翔太』
伸びてきた翔太の手に頭を抱き寄せられて、逞しい胸に顔を埋めて、言葉が止まらなくなる。
『寂しいよ……』
『俺も……』と声が落ちてきて、頭のてっぺんに、翔太の唇の温度を感じた。
ともだちにシェアしよう!