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それから~epilogue(10)

 W大を受けろと、翔太に言ったのは自分なのに。  ──翼は寂しくない? 夏休みも簡単に帰って来れへんし、来年からは夏祭りも、こんな風に偶然にでも一緒に行けなくなるんやで?  去年の夏まつりのあの時、翔太が言ったことは、翼自身も分かっているつもりだったのに、こうして現実が迫ってくると、つい後悔の言葉が浮かんできてしまう。  W大を受けろなんて、言うんじゃなかった……。  ──離れたくない。  翔太は、そう言ってくれたのに。なんで素直に受け入れなかったんだろう、と。 『翔太と離れたくない……』 『うん』 『ずっと、一緒にいたい』 『俺も』 『寂しい……』  言っても仕方のない言葉を声に出す度に、堰を切ったように涙が溢れてくる。 『俺も、おんなじや。寂しいし、辛いし、死にそうや』  翔太はそう言って、大きな手で翼の頬を包み、顔を上げさせた。  閉じたままの翼の瞼にキスをして、涙で濡れた頬を唇で拭っていく。 『だけど、それやからこそ、余計に頑張ろうって思える』  目を開けると、翔太の涼やかな目元にも涙が浮かんでいた。 『こないだ()うた事、本気やから』  ──大学卒業したら、タイガースに入団するから。……そしたら一緒に住もか。  あの時、翔太はそう言ってくれたのに、冗談を言ってるんだと思って、翼は同じように冗談で返してしまった。  その気持ちに嘘はないという事は、分かっていたけれど。  卒業したら──。それはとてつもなく未来の夢を見ているようで。  ──じゃあオレ、プロ野球選手の妻として、バランスの良い食事を作れるように料理の勉強しなくちゃな。  そう言って笑うと、翔太も大笑いしていたから、あの時はその話はそれで終わってしまっていたのだ。 『今はまだお互い高校卒業したばかりのガキで、生活力もないけど、いつも翼と一緒に居られるようになる為やったら、これから先、何があっても頑張れるから』 『……翔太……』  自分は、目の前の〝逢えない〟という寂しさに、くじけそうになっていたのに、翔太はもっと先の明日を考えていてくれていた。  それが嬉しくて、そして翔太に比べて、自分が子供すぎて恥ずかしかった。 『嫌か? 俺と一緒に暮らすの……』 『……そんなん……』 (嫌なわけない……)  そう続けたいのに、熱いものが胸にこみ上げてきて、声が詰まってしまう。 『翼、答えて』 『…………ぅう』 (アホ……今、答えたるから、急かさんといて)  翔太のシャツの背中をぎゅっと握り締めながらそう心の中で呟いて、小さく息をつく。そして言葉を吐き出した。 『い、嫌なわけないやろっ! 卒業したら、絶対翔太と一緒に住む!』

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