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それから~epilogue(14)
「翼!」
カメラや機材を片付けていた翼は、その声に視線を上げた。
一旦ダグアウトに入っていた翔太が、ベンチ前に立って、こちらを見上げている。
そして、翼に見えるように、手にしているボールを高々と上げた。
「……え?」
最初は、意味が解らなくて首を傾げる翼に、翔太は満面の笑みを送ってくる。
「受け取れよ!」
そして言葉と同時に、そのボールを握った手を後ろへ大きく引き、スタンドへ向けて投げた。
高く上がったボールは、フェンスを越え、翼の立っている所にまっすくに落ちてくる。
上を見上げ、翼は腕を伸ばした。
──パシッ
小さな音と共に、そのボールは翼の手の中に収まった。
「これって……」
白いボールの表面には、僅かな土の汚れと、今日の日付と翔太のサイン。
そして、〝翼へ〟と、書かれている。
それは、今日のウイニングボールだった。
翔太は、翼がボールを受けたのを確認すると、またすぐにダグアウトに姿を消してしまう。
「なんや、あいつ……」
翼は、苦笑しながら言葉を零す。
──こんなカッコええ事する奴やとは、昔は思わんかった。
頬を赤く染めながら、大切そうに両手で包んだボールを暫くの間見つめていた。
『今日、絶対勝つで』
家を出る前に、翔太はそう宣言した。
『ほな、今夜は御馳走作らなあかんな』
『翼のお好み焼き、食いたい』
『お好み焼きで、ええん?』
『それは、前菜な』
『え、マジ? 相変わらず、よう食うな。ほなメインは何がええん?』
『メインディッシュは、翼や』
『あ、アホ、何言うとぉ……』
そんな会話を思い出して、球場帰りの客で混み合う電車の中、翼はつい口元を綻ばせてしまう。
──なるべく球場に近くて、セキュリティしっかりしてる所がええから。
そういう理由で、翔太は今、実家と球場の中間地点に位置するマンションに住んでいる。
駅から歩いて10分程の場所を選んだのは、翼が通勤しやすいようにだ。
──一緒に、住もう。
その約束の、今はまだ一歩手前。
翔太がいる時に、翼が泊まりに行く。今はそれが、周りに波風を立てない唯一の方法だった。
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