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第1―2話

中学1年の秋に転校した先で、柳瀬は隣りの席の吉野に出会った。 柳瀬は直ぐに吉野に恋に落ちた。 お子様の吉野は、愛だの恋だのこれっぽっちも考えて無かったが、二人は程なく親友になった。 大きな結びつきは漫画だ。 柳瀬の『美人』でクールなルックスでは誰も想像もつかないが、柳瀬は立派な漫画オタクだ。 そして大きなタレ目の黒い瞳が印象的な幼い顔と雰囲気で、やはり見た目では誰も想像もしないであろう吉野も立派な漫画オタク。 吉野は小さな頃から漫画が大好きだったから、ほぼ小学生から持ち上がりの中学では吉野の漫画オタクぶりは有名だが。 二人は休み時間や放課後まで漫画の話で盛り上がる。 それに他の趣味も合ったから、どんどん親しくなっていった。 そんな二人にも邪魔者がいた。 吉野の生まれた時からの幼馴染みの羽鳥だ。 実家が隣り同士なので吉野と羽鳥は、毎日一緒に登下校している。 柳瀬も途中までは同じ通学路なので、帰りは一緒だ。 羽鳥は漫画には全然興味が無いし、その上無趣味で、吉野や柳瀬が漫画を含めた趣味の話で盛り上がっていても、話しに入る訳でもなく仏頂面をして吉野の傍を離れない。 そして何だかんだと吉野の世話を焼く。 吉野はそんな羽鳥に慣れているのか、全く気にする様子も気を遣う様子も無い。 羽鳥が隣りにいて当然という態度だ。 柳瀬はそんな吉野の態度に苛ついてしまう時もあったし、何より羽鳥の態度が理解出来ない。 それに、柳瀬と羽鳥は決定的に気が合わない。 ハッキリ言えばお互い大嫌いな人間の部類に入るだろう。 だが、吉野と柳瀬が本格的に漫画を描いてみようと決めて実行し始めた頃から、羽鳥は放課後は二人の前に現れ無くなった。 不思議に思って柳瀬が吉野に訊くと、吉野は一言 「漫画描く時、トリがいると邪魔じゃん」 と笑顔で言い放った。 柳瀬は愕然とした。 吉野の無邪気な残酷さに。 羽鳥は吉野に恋してる。 羽鳥は必死に隠していたけれど、同じく吉野に恋してる柳瀬に分からない筈がない。 そんな相手に世話を焼いてもらい、好きで堪らないと思われながらも、吉野は気付かない。 気付かないからこそ、羽鳥の吉野だけに向けられるやさしさを当たり前のように受け取りながら、無邪気に残酷な言葉をいくらでも口に出来る。 吉野は羽鳥に頼み事をしたり、世話を焼かれると満面の笑みで 「ありがとなー!! 流石、トリ! やっぱりトリが一番俺を分かってるよなー! さんきゅ!!」 とお礼を言う。 傍から見れば微笑ましい光景かもしれないが、羽鳥の気持ちを知っている柳瀬としては大嫌いな羽鳥でも哀れに思う。 それとなくクラスメイトに聞いたところ、羽鳥は放課後は図書室で課題をやったり、生徒会や先生の手伝いをしたりして時間を潰しているらしい。 そしてきっちり下校時間15分前に、柳瀬と吉野がいる教室に迎えに来るのだ。 だが、いくら吉野が自分に恋する男に無邪気に残酷な言葉を吐こうと、柳瀬にとってはラッキーだった。 吉野と二人きり、漫画を描くことに没頭できる。 机と机をくっつけて、お互いの描いた漫画を見せあったり、プロットにダメ出ししたり。 時には深刻になったり、時には笑いが絶えない。 柳瀬が吉野に出会ったのは秋だから、漫画を描き始めたのは冬だった。 空調の効いた教室に二人きり。 遠くで運動部の声が聞こえて。 たまにバタバタと廊下を走る音や、微かに聞こえる生徒達の楽しげな笑い声。 柳瀬は幸せを噛み締める。 中1のガキが生意気だと言われそうだが、こんなに幸せを感じたのは生まれて初めてだ。 隣りの吉野は真剣な顔で、白紙にシャーペンをガリガリと走らせている。 そして。 こんな暖かな教室にも、どこからか冬の匂いが漂う。 幸せだ。 大好きな千秋。 大好きな漫画。 今、ここにあるのは、それだけ。 冬の匂いに包まれて、吉野と二人きり、世界が閉じていく。 柳瀬は冬の匂いを胸いっぱい吸い込むと、シャーペンを走らせるのだった。

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