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【シンクロニシティ】笹野ことり
――『シンクロニシティ』とは、ユングが提唱した『意味のある偶然の一致』という概念のことである。
今夜も僕たちは、いつもの扉の前の大きな切り株の近くに寝るためのテントを張っている。
テントの中で、寝袋に包まっていた好奇心旺盛でヤンチャ盛りな2歳になる娘のマッティアがジッパーを開け、碧馬に抱きつこうと手を伸ばしながら話しかけてきた。
「あおー……、寝る前のお話は?」
「はいはい。マッティアってば、寝袋から出ないの。今夜は寒いんだからねっ」
碧馬に向かって差し伸ばしていた手を引っ込め、再び首のところまでジッパーを上げてマッティアは定位置に戻る。
「わかった!昨日は、あおの世界で有名な桃太郎の話だったでしょ?」
「そうだったね。じゃぁ今日は、なんの話をしようか」
「そういえば、あおとリュカは違う世界なのにどうして夫婦になったの?」
「あっ、まだマッティアに話したことなかったね。じゃあ今日はその話をしようか……」
「あおとリュカのお話?」
「そう。僕とリュカが出会ってマッティアが生まれるまでの話だよ」
キラキラとした目で碧馬を見ているマッティアに優しい笑顔を向けながら、この世界にやってくるきっかけ……そして、ケンタウロスであるリュカと僕との愛の話を始めるのだった。
*******
――2年前の5月11日
それは僕、井ノ又碧馬15歳の誕生日のことだった。
一人っ子である碧馬の誕生日が、お盆とお正月以外に家族全員が集まる恒例行事だ。
いつものように父と母と祖父母が食卓に集まってケーキを囲み15本のローソクに火を灯し、暗闇の中でHappyBirthDayを歌いながら、ローソクの火を消して、この後にプレゼントを貰う……。
これといって代わり映えのしないまま15歳の誕生日の夜が過ぎていくはず、だった。
「じゃあ、ろうそく消すね。ふぅー……」
本来であれば、ローソクを碧馬が消した途端に電気がつき、拍手からの『おめでとう』という言葉が聞こえるはずだったのだが、電気がついても一向に「おめでとう」という声は聞こえてこない。
(あれ?おかしいな……)
何も言ってこない家族に目を向けると、全員が神妙な面持ちで碧馬の顔を見つめている。
いつもと違う家族の様子に碧馬が訝しんでいると、一つ大きな息を吐いた父が静かに話し始めた。
「15歳になったお前に大事な話がある……」
「えっ?ち、ちょっと、みんなどうしたの?今日は、僕のお祝いだよね?なんで、そんな顔をしているの?」
父以外は、さっきまで神妙な面持ちで碧馬を見ていたにもかかわらず、目を合わさない為なのか、急に全員俯いて視線をテーブルに向けていた。
そんな中、碧馬は父に視線を投げかける。
「あのな、お前……小さい頃から不思議だなと思うことがなかったか?」
「えっ?不思議なことって?別に……。今まで普通に過ごしているけど?」
「そっか。……今まで夢を見たことあるか?」
「は?夢って何の?……っていうか、突然すぎない?」
何の脈略もない父からの問いに驚く。
15歳とはいえ、漠然と将来の夢なら描いている。
高校を卒業したら大学に行って、人の為になるような理学療法士とかリハビリ関連の仕事に就きたいって思っていた。それに食事の時に進路の話を何度も両親にしたこともあるのだ。
いまさら何を聞いているのだろうと思い、碧馬は再び不思議な顔を父に向ける。
「違う。そっちじゃない。寝ている間に見る夢のことだよ」
「……寝ているときに?」
「あぁ」
碧馬は、眠っている間の夢を思い出そうと目を閉じながら考えるも、一向に思い出せないまま時間だけが過ぎる。
父に言われて、自分が15歳になる今まで眠っているときに夢を一切覚えていないことに気づく。そして、上目遣いで父を見ながら恐る恐る口を開いた。
「……父さん、夢って絶対覚えているものなの?目が覚めると忘れてしまっていたり……」
「すべてを覚えているわけではないが、目が覚めても覚えている夢の1つや2つは……いや、それ以上、普通の人間は覚えているものなんだよ」
「ふ……ふつう?」
「あぁ。俺たちとは違う普通の人間なら見ているだろうな……」
一瞬、父が何を言っているのか分からず言葉を失う。
そして、俯いていて碧馬と目を合わせようとしない母や祖父母の顔に目を向けるも、困った顔をしながら目を合わせようとしてくれない。
自分は今の今まで、いたって平凡な中学生だと思っていたのに、それが違っていたというのだ。何が他の中学生と違うというのだろうか。疑問を父にぶつける。
「ねぇ、僕が普通じゃないことと、夢を今まで見なかったことが関係あるの?」
「…………」
「なんで、みんな神妙な顔しているんだよ?普通じゃないってなに?なんなの?」
誕生日だというのに、よくわからない話をされないといけないのだろう。
そして、父以外の家族が何も言葉を発しないことに怒りを覚えながら、テーブルに手をつき立ち上がる。
「ねぇ!なんで?なんでみんな黙っているの?今だって、父さんしか話してないじゃないか!!!」
「碧馬っ!!!大事な話をしているんだ。座りなさい」
父に窘められ、再び椅子に座る。
拳に力を込めながら、今度は碧馬がテーブルに目線を落とし、気持ちを落ち着かせていた。
「俺たち一族は、異世界から『ドゥーフ』という霊のような魔物が来ないように警備をしているんだよ」
「は?」
「井ノ又家の長男が代々15歳の誕生日を過ぎると、夢を見ると異世界のゲートが開いてトリップが出来るようになって、毎夜毎夜警備をする。そして、半年後に父から子へ世代交代をしないといけない決まりなんだ……」
「は?何、そのファンタジー要素。父さん、冗談がキツイ。全然笑えないんだけど」
信じられない面持ちで父の顔を見ると冗談を言うような雰囲気ではなく、眉間に皺を寄せ厳しい顔をしながら碧馬を見ていた。
そして、大きなため息を一つ吐いた後、静かな声で父が言う。
「ママ……。いい機会だから、碧馬に見せてやってくれないか?」
「パパ。いいの?」
「あぁ。隠しておけることじゃないだろう?本来であれば、子供の頃から教えておくべきだったんだ。これから、碧馬は、異世界と行き来しないといけないんだし……それに運命の番は異世界にしかいないからな」
(異世界にしかいない運命の番……?何を言っているのだろう……)
父の言葉の後、母は椅子から立ち上がり、目を瞑り両手を天に仰ぐように掲げた。
リビングの空気が一瞬にして張りつめる。そして新緑の匂いが立ち込めたのと同時に、碧馬は、目の前で繰り広げられた光景に信じられない面持ちで目を見開いて、言葉を失う。
「…………」
そこには上半身が人間の姿で、そして下半身が山羊の足で頭に角がある……サテュロスの姿をした母が立っていたのだった。
「か、か……母さん………」
なんで、ギリシャ神話に登場する精霊が目の前にいるのか分からなかった。しかも、上半身は紛れもなく碧馬の母で、下半身は山羊なのだ。
碧馬は、混乱する頭を掻きむしりながら言葉を発す。
「な……んで……。どうして母さんは……そんな……」
「母さんは、元々異世界の住人なんだ。そして、お祖母ちゃんも……」
その後、父は母との馴れ初めなどを掻い摘んで碧馬に説明する。
父は地球と異世界を行き来する『ドゥーフ』を駆除する番人ということ。
そして、今後は碧馬がその番人を継承すること。
異世界には、ギリシャ神話に出てくるような半獣人や、動物が人に変身したり、地球上では考えられない生物が住んでいること。
そして、異世界にはα・β・Ωという3段階の階級があること
番人と異世界を繋ぐために、どうしても井ノ又家の長男はΩという階級で、異世界のαと番にならないといけないこと。
その運命の番の目安は、体のどこかに印が浮かびあがるということ。
父が碧馬に一生懸命分かりやすいように説明しようとしてくれていたのだが、聞いていることが現実味を帯びていなくて、どうしても自分自身に降りかかっていることとも思えず、言葉が耳からすり抜けて出て行ってしまう。
意味が分からない。
なぜ、いまさらそんな話をするのだろうか。
どうして、隠していたのだろうか……という疑問が頭の中を駆け巡る。
「碧馬……?」
「な……なんで?なんで今まで黙っていたの……そ、そんな大事なこと……」
サテュロスの姿をした母が切ない顔を碧馬に向ける。
「言えなかったのよ……。この日本で暮らしている以上、普通の子供として育てたかった。だって、碧馬はパパにそっくりなのよ。見た目は普通の人なのに……」
「ママは、恥じることなんかないんだよ。俺たちが愛し合って出来た子だろう?」
この15年きっと辛い思いもしてきたのかもしれない。
何度もいつかは伝えないといけない事実と葛藤しながら過ごしてきたのだろう。
自分のことより人の気持ちを優先させる優しい碧馬は、それ以上両親を責めることが出来なかった。
「……すぐに理解することは難しいけど、父さん、母さん……その番人って仕事は僕にできるものなのかな?」
そう言うと碧馬は、両親に向かってはにかんだ笑顔をした。
泣きそうになっていた母は、顔を上げて碧馬と同じような顔で微笑む。
「あぁ。出来るさ。半年間は俺も一緒だ。『ドゥーフ』もこっちの世界に入らないように管理するだけだから、そんなに難しい仕事ではないしな」
こうして井ノ又碧馬は、15歳の当日に自分が普通の人間と違う特殊能力を持っていることを知ることになったのだ。
まさかドゥーフを駆除するために使う道具が、虫取り網と虫取りかごという原始的な物とは思わなかったが、父が言った通り難しい仕事ではなく、ベッドで眠りについたと同時に駆除に出かけては、翌朝学校に行く生活を続けていた。
そしてあの衝撃的な自分の素性を知ってから7か月が過ぎていた――
******
「今夜も、行くかなぁー」
碧馬は、今夜も異世界へ行くためのベッドに潜り込む。
布団を首元までかけて、目を瞑る。そしていつものように眠りを誘うために羊を数えだす。
これもベタだけど一番効くと父から教えてもらった作法だった。
「羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹……」
すっと意識が遠のき、薄紫のもやがかかった扉の前に立つ。
中の様子を窺うために扉を開けると、ふわっと青臭い草の匂いの生温かい風が舞い込む。そして、いつものように扉の向こう側へ入り周りを見渡す。
(今日は特に何にもいないのか……。仕事もすぐに終わるかな)
そう思いながら、森の中へ足を踏み入れる。
花びらが舞い上がり碧馬を包んだ瞬間、脈打つ鼓動が早くなり動けなくなった。
そのまま心臓付近を押さえ、脂汗を掻きながら肩で荒い息をしながらうずくまる。
「はァ…はァ……な……なんだこれ……」
体に熱を帯び、自分の体が自分のモノじゃないような錯覚に捉われる。
こんな時に、ドゥーフが現れたら何もできないなと思い、さっき入ってきた扉に目をやり、きちんと閉まっていることを確認し、ホッと胸を撫でおろす。
「はァ……あッ……ど、どうしよう……」
父が一緒にいるわけではない為、こんな時にも自分で対処しなければならなかったが、対処方法が分からず、治まるのを待つしかないのかと途方にくれていた、そのとき。
「そこで、なにをしているの?」
柔らかい声がする方へ目を向ける。
そこには、ブルーの髪の毛で、綺麗なグリーンの目をした生き物が心配そうに碧馬を覗き込んでいた。
よくよく目の前にいる動物を見ると、下半身が馬で上半身が人間だった。
「……ケンタウロス?」
「うん、そう。僕はケンタウロスのリュカって言うんだよ。はじめまして。」
「……はァ…そ、そうなん……だね」
「辛そう……大丈夫?」
「んッ……」
そうリュカに声をかけられた途端、下肢が疼くのを感じる。
今まで感じたことのない感覚に、すべての意識が下半身に持っていかれそうになっていた碧馬に、リュカが手を差し伸べる。
「も…もしかして、君、ヒート中?」
「ヒ……んッ……ヒート……?」
「でも……僕、無理強いはしたくないんだけど……」
リュカは、困った顔をしながら碧馬の頭を撫でる。
その行為が引き金となって、碧馬は自分を抑えきれなくなってしまい、自分自身をリュカの足に擦り付ける。中心に熱を帯びて硬くなっているのも自分で感じていた。
そして、自分の気持ちいいところを探しながら激しく腰を振る。
「んッ、あんッ……つ…ら…はァ……」
「このまま、僕がしちゃっていいのかな?でも、ヒート中以外で意思確認しなきゃだよね……。こ、困った……」
リュカは、腰を打ち付けてくる様子にオロオロしながら、碧馬を見つめている。
その様子に目もくれずに腰を激しく擦りつけていた碧馬は、そのまま熱く滾っていたものを吐き出した後、意識を手放したのだった。
******
「ん?温かい……」
手探りで、周りのモノの感触を確かめていく。
(毛が生えていて……筋肉質?ん?なんだろ……)
そっと目を開けて状況を確認すると、碧馬は昨夜会ったリュカに守られるように、そばで麻布を掛けられて眠っていたようだった。
少し身を動かすと、隣のリュカがゴソゴソと目を掻いて欠伸を一つ落とす。
「ふぁー……。あっ、起きた?もう体調大丈夫?」
「ごめん。あっ、僕……。急に動悸が激しくなっちゃって……リュカ、君に変なことを……」
「あっ…ヒート中だっただろうし、しかたがないから気にしないで。それに今は抑制剤飲んだから平気でしょ?」
リュカが、どうして一目みて碧馬がΩと分かったのか不思議だった。
一瞬会っただけで、素性を瞬時に把握して、そして抑制剤を飲ませたという。抑制剤を飲まないとどうなるというのだろうか。
「君、自分がΩってこと知っているんだよね?」
「うん。父さんに聞いて、それは知っている……」
「でも、おかしいなぁ……。君、若いよね?発情期が来るのって10代後半のはずなんだけどな」
「発情期??」
『発情期』とは、動物みたいだなと思ったが、昨日の自分の様子を見る限りあながち間違っていないのかもしれない。
でも、10代後半にくるはずの発情期がどうして15歳の碧馬にくるのだろうかと疑問に思った。
「僕、15歳なんだけど。その、発情期には早いんじゃ」
「うーーん……。なんだろう?もう体大丈夫なら、長老に聞きに行ってみる?」
「長老?」
「うん。なんでも知っているんだ。だからね、なんか困ったことあれば長老に聞くと解決するんだよ。じゃあ、僕の背中に乗って。行こう」
碧馬は、リュカの国の長老に会わせてもらうために背中に乗る。
リュカの背中に乗りながら、昨夜感じた感覚が薄っすら自分の中に今も燻っていることを感じていた。
その感覚を呼び起こさない為にリュカに話しかけようと思い、何を話そうかと考えていた碧馬は、自分がリュカに助けてもらいながら自己紹介がまだだったと気づく。
碧馬は、自分の名前と、この国の人間ではないこと、自分がここに来た役割などを掻い摘んで説明すると、リュカは碧馬の話に耳を傾けながら、興味津々のように矢継ぎ早に質問をしてくる。
「えーー?ドゥーフ集めて、そのかごに入れてどうすんの?」
「このかごに入れるとね、ドゥーフが溶けてしまうんだ。だから、消滅するっていうのかな。でも、ドゥーフって次から次へと湧いてくるから、なかなか根絶は難しいね」
「うん。まぁ……この国に住んでいる者の、醜い気持ちや、怒り、嫉妬などの感情で生まれるものだからね、きっと無くならないよ」
「そっか。じゃあ、僕は一生懸命僕らの世界に来ないように駆除しなきゃだね」
「あっ、残念!もっと話を聞いていたかったのに、着いちゃった。ここに長老がいるはず」
背中の上で眺めたその場所は、一面草原で1本だけ大きな菩提樹が生えていた。
リュカの背から降りて、一緒に菩提樹の元まで歩く。菩提樹の下についたところで、再び新緑の匂いに碧馬は包まれた。
「あっ、長老!」
リュカの声を聞いて、風によって乱れていた髪の毛を上げ、目の前の人物に目をやるとそこには、白髪のケンタウロスが佇んでいた。
長老は、碧馬の全身を値踏みするように視線を落とした後に、碧馬の目を見ながら話しかけてきた。
「お前は、井ノ又家の長男か?」
「はい。井ノ又碧馬といいます」
「みんな元気か?」
「はい。元気であっちの世界で父と祖父母と暮らしています」
長老は、優しい笑みを碧馬に向けて『そうか』と呟いた。
そして、そのまま草むらに腰を下ろし、リュカと碧馬にも同じように座るように促し、今回訪ねてきた意味を問われた。
リュカと碧馬は、昨日起きた自身の変化とΩにしては発情期が早いこと、ここに運命の番がいることを父から聞いていることを説明した。
長老は、手を顎にあてて視線を天に向け考えるように目を瞑る。
その様子を見て、リュカと碧馬は息を飲む。
「……おかしいな。15歳ではまだ子供で発情期には早い。いくら、井ノ又家の長男だとしても、子供は子供だからな」
「じゃあ、どうして昨日は動悸が激しくなったんですか?今も、その感覚がなんか燻っているようで……」
自分の体におかしいところがあるかもしれないと身を乗り出して、長老に問う。
「昨日、その動悸が激しくなった時になにか違うことがあったか?」
「違うこと……」
昨夜のことを思い出す……。
花びらが舞い上がり碧馬を包んだ瞬間、動悸が激しくなった。
その後、リュカに声をかけられて安心したと同時に、触れられた途端、自身の体が熱をもって一心不乱に自慰をしてしまった。
その様子を、長老とリュカに聞かせる。
長老は、再び何か考えるように視線をリュカと碧馬に移す。
「リュカは何か変わったことなかったか?」
「僕?なんかあったかなぁ……。昨日は、別に森の見回りも普通だったし……」
「いや、碧馬に会った時にだよ」
「碧馬に出会った時??」
リュカが必死に「んー」「あー」など声を発しながら思い出そうとしていたとき、碧馬が何か思い出したように声を上げた。
「あ!」
「な、なに、なに?」
「意識を手放す前にさ、リュカの右肩になんか痣みたいなの見えた気がしたんだけど、今はないんだね。じゃあ……気のせいかな?」
リュカの右肩を再び見るが、少し褐色の肌で何の代り映えもしなかった。
「なんにもないよー。辛くて幻覚みたんじゃないの?」
「そっか、なんか見えた気がしたんだけどなぁ」
その二人のやり取りを不思議な顔をしながら聞いていた長老は『痣』『早い発情期』『つがい』などブツブツ呟いたと思ったら、急に立ち上がった。
その様子に二人は目を見開き、長老を眺める。
「ど、どうしたんですか?」
「痣は……馬の形をしてなかったか?」
「馬?そういえば、動物だったような気はしますが、馬かどうかまでは」
そこまで話したところで、今度はリュカがビックリしたように立ち上がった。
「ま、まさか……」
「は?」
リュカは、何度も碧馬とリュカ自身を指さして確認して、顔が赤くなったり青くなったり目まぐるしく変化している。何をそんなに焦っているのかと思い話しかけた。
「どうしたの?」
「ち、長老??もしかして、もしかしなくても、碧馬と僕……」
「あぁ、たぶんな。状況から整理するとそうだろうな」
急に、リュカが手を差し出して、頬を撫でてきたかと思ったら、そのまま腰を掴み自分の背中に乗せる。急な衝撃と、自分だけ取り残されたような気がして不機嫌に眉を寄せる。
「な、なんなの一体。二人だけわかっちゃって……長老、なんなんですか?」
「碧馬―、僕と番だって」
「はい?」
「だから、つ・が・い」
父からその存在は聞いていたが、出会ってすぐ番になるものなのか疑問に思った。
出会って恋をして、そして結ばれるものじゃないのだろうか。碧馬の両親だって好きあって、あんなに家に居る時もラブラブで……そういうのが番というモノだと思っていた。
まだお互いの事がわからないままで、番と言われて喜ぶなんてどうかしている。
「番って。まだ出会って半日だよ?そんな簡単に……リュカは受け入れられるの?」
「僕はね、ずーっと待っていたんだ。もう23歳だし、ずっとそういう人が現れないと思っていたから嬉しい。それにね、今まで話した感じだと、碧馬はいい人だよね?」
「いい人かどうかは……」
『ゴホンッ』
長老のわざとらしい咳込んだ様子に、二人は話をやめて長老を見た。
「αとΩは契約するまで番にはならない。ただ、運命には抗えないんだ。本能的に惹かれてしまうからな。どうするかは二人次第だし、本当かどうかは抑制剤切れた時にでも試してみるがいい」
そう伝えると、長老は『碧馬、両親によろしくな』と言い、去って行ってしまった。
碧馬は、リュカの背中に乗りながら、これからどうするべきか考える。
これからどうするか、すぐには結論が出ないかもしれないが、一人で考えたいと思いリュカに提案する。
「一度、自分の世界に帰ろうと思う」
「え?試さないの?」
「な、なにを?」
「交尾」
「ち、ちょ……。そういうのは、もっとオブラートに包むというか、情緒を大切にしたいというか。とにかく、もう夕方だよね。一度帰って、僕は向こうの世界で昼間の生活をして、こっちの朝には戻ってくるから、また扉の前で待ち合わせしよう」
「え?だって、交尾しないと、碧馬の体辛いでしょ?」
「辛い?今平気だけど……。とにかくまた明日帰ってくるから、そこで話そう」
「んー。しょうがないなぁ。わかった。約束ね。絶対だよ!」
不本意そうな顔を向けていたリュカに対し、『指切りげんまん』をしようと小指をリュカの目の前に出す。
不思議な顔をしながら碧馬の小指を見つめたリュカに「ウソをつかないっていう約束の為のおまじない」と伝え、小指を出すように促す。
『ゆーびきりげんまーん、うっそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!』
そして、そのまま扉の前まで連れてきてもらい、再び同じ時間に扉の前で落ち合うことを約束して別れたのだった。
******
自分のベッドの上で目を開けて、時計に目をやると時計の針が10:45を指していた。
今日は、土曜日で良かったと思いながら上半身を起こして、さっきまでいた異世界のことを考える。
父から聞いていた番のことが、こんなに早く自分の身に降りかかるとは思っていなかった。そのまま頭を抱え大きなため息を吐くも、混乱する頭を一向に整理できなかった。
「僕、まだ15歳だよね。なのに、交尾とか早いんじゃないだろうか。体が辛くなるってどういうことなんだろう……」
ベッドの上で考えあぐねていても全く答えが出ないまま時間だけが過ぎていく。また夜になったら夢を見てあっちの世界へ行かないといけない。
時間はないのだ。
碧馬はベッドの上から降り、階段を駆け下りリビングへ向かった。
そこには、昼食の準備をしていた母がいた。
母の後ろ姿を遠目から眺めながら、母も父と番になって自分を生んだんだと思い不思議な気持ちになる。
「母さん……」
くるっと振り向いた母は、優しい笑顔を碧馬に向けていた。
「おはようー。今日は遅かったわね。ん?どうしたの?」
「ね、母さんは、どうして父さんと番になったの?運命の相手だったから?」
ふと、目を細めた母が、ダイニングテーブルの椅子に座るように視線を向ける。
母に言われるまま椅子に腰を下ろす。
「急にどうしたの?まさか……会っちゃった?」
「うん。昨日、あっちの世界に行ったときに、動悸と頭痛が辛くて気を失ってね。傍にいたのが、僕の運命の相手だと長老が言っていた。その子の右肩に僕に会った時に一瞬、印が出たのも、運命の番だからって……。母さんは、父さんとはどうやって知り合ったの」
「そっか、詳しく話したことなかったもんね……」
ゆっくりと、父と母が出会った時、お互い惹かれ合っていたが、母はすでに違うΩと生活していて、疎遠になったこと。
でも、結局は頭に浮かぶのは父ばかりで、その人を捨てて父と一緒になってしまったこと。最初は後悔ばかりで、泣いて暮らしていたこと。
そして、運命なんていらないと憎んでいたこと……などを話してくれた。
碧馬は、物心ついた時から幸せで慈愛に満ちた両親しか知らないからびっくりした。
恐る恐る母に問う。
「運命って逆らえないもの?」
「んー、運命のαと出会ってしまったからには、無理かもしれないわね。そして、自然と惹かれ合うものだもの。きっと碧馬は、その子のこと好きになるわ。性格悪くて嫌な人なの?」
大きく首を振って否定をする。
「優しい。うずくまっている僕を助けてくれたんだ。穏やかで綺麗なケンタウロスなんだよ」
「まぁー……」
母は、口に手を当てて喜んでいるようで、お昼ご飯は、お赤飯にしようかしらとウキウキしながら台所へ戻っていく。
その様子を見た碧馬は、ため息交じりに『僕も、運命に身を任せてみようかな』と呟いた。
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約束の時間に再び異世界への扉を開く。
扉の外を見ると、心配そうな顔をしながらうろうろしていたリュカがいた。そして、碧馬が来たのを見つけると満面の笑みを浮かべたリュカが足早に近づいて来る。
「お、おそいっ。僕、だいぶ前からここで待っていたんだよ」
「ご、ごめん。でも、約束通り来たでしょ?」
「うん。『ゆびきりげんまん』したし。約束守らないと、針1000本を飲むんだもんね」
「でもね、人って針1000本も飲むと死んじゃうからね。だから、絶対守るっていう意味であの約束をするんだよ」
リュカは、碧馬の説明に目を丸くしながら、好奇心旺盛に色々質問をしてくる。
碧馬よりだいぶ年上のはずなのに、子供っぽいところもあるんだなと自然と頬が緩む。
「ね……、僕と番になるか決めた?」
「…………」
「ま、いいや。ゆっくり話聞くから、そうだ!僕の住処に行こうっ!」
そう言うとリュカは碧馬を背中に乗せて、草原を走る。
しっかりリュカの首を抱きしめて振り落とされないように必死でしがみついていた。
「僕ね、ずっと独りぼっちかなって思っていたから、家族が出来ると思うと嬉しくてしかたないんだよ」
「ひとりぼっち?」
「うん。パパもママも事故で死んじゃってね。この国には必ず運命の番がいるとは話に聞いていたけど、諦めていたんだ」
長老の所に行った時にも、リュカが『運命の番は現れないものだと思っていた』って言っていたことを思い出す。ずっとひとりぼっちで過ごしていたのかと思うと僕が手を差し伸べることでリュカも少しは幸せになれるのだろうか。
でも、同情で番になるというのも違う気がする。リュカに対して失礼だと思った。
「リュカは、僕でいいのかな。一つもお互いの事を知らないわけでしょ?」
「でも、運命でしょ。それにね、きっと僕は碧馬となら幸せになれるって確信しているんだ。今だって、きっと僕の生い立ちを聞いて、同情で番になるのは失礼だって思っているだろうし……」
「え?」
「あはは。図星だった?僕ね、それでもいいと思っているんだよ。それは些細なきっかけにすぎなくて、だってこれからのことでしょ?ずっと一緒にいるんだもん。そういう優しい碧馬がいいと思うのは、きっとずっと変わらないと思うし……」
いつの間にか、昨日リュカの元で寝ていた切り株の前について、草むらにおろされた。
リュカを見上げながら、再び考える。
リュカにこのまま身を委ねてもいいんだろうか。
そして、最大の疑問をぶつける。
「もし、僕がリュカのことを好きになれなかったら?」
「それは、ないと思う。碧馬は、きっと僕のことを好きになるよ」
リュカは、澄んだ目を細めて満面の笑みを碧馬に向けた。
「そっか、わかった。リュカの言葉を信じてみる。僕たち番になろう。少しずつ、少しずつかもしれないけど、僕たちらしく進もう」
「いいの?」
「うん。番になって、僕たちの家族を作ろう。で、リュカも幸せになろう」
「本当に?」
碧馬は、大きく頷く。
「番になるには、首を噛む儀式があるんだけど…、首噛んじゃうともう後戻りできなくなるけどいいの?」
「いいよ。リュカと一生共にするから。それに、僕は、リュカのこと好きになるんでしょ?」
「うん。きっと二人で幸せになれると思う」
その姿を見たリュカがその場に腰を下ろして、両手で碧馬を抱きしめて、そのまま首筋を噛む。
カプッ
「んッ……」
「これで、碧馬は僕のものだよ。もう、離れることが出来ない」
碧馬は、リュカに力いっぱい抱きしめられた。
「ちょ、ちょ……痛いよ」
「だって、もう僕のものでしょ?それに家族になるんでしょ?今、力いっぱい実感しているとこなんだから邪魔しないで……」
「もう。リュカは体大きいんだから手加減してよー」
苦笑いを浮かべつつ、幸せを噛みしめているリュカを見つめていた碧馬は、不思議とこの人を生涯泣かせたくない、幸せにしてあげたい……そして、愛おしいと思った。
自然とそういう思いが沸き上がって来たことが、運命の人と出会うことなのかもしれないと碧馬はリュカの腕の中で思うのだった。
******
「そして、3か月後のヒートの時に、僕とリュカが再び愛し合って、マッティアが僕のお腹に宿るんだよ。これが、僕とリュカとの話…………あれ?」
リュカのように何でも好奇心旺盛な愛娘の声が聞こえてこないのを不思議に思った碧馬は、寝袋の中を覗く。
「マッティア?寝ちゃったかぁ。どこまで聞いていたんだろう。まぁ、いっか、明日も途中から話せば……。そろそろ、僕は自分の世界に戻って普通の高校生をしてこなきゃ」
碧馬は、幸せそうな顔をして寝息を立てていたマッティアの髪の毛をひと撫でして、テントを出る。
そして、テントの外でうたた寝をしていたリュカに声をかけた。
「そろそろ、僕行くね。また明日の朝にマッティアと迎えに来てね」
「んー。わかった」
両親は地球で暮らすことを選んだが、リュカが森の自警団という大切な仕事をしていて、その仕事が大好きってことも知っている。
だから碧馬は、昼間は日本で高校生活をして、そのあとこっちの世界に来て、ドゥーフを捕まえながら子育てをするという二重生活を選んだ。
初めて出会った時に、碧馬が気持ち悪くなったことも、リュカの右肩に馬の印が浮かび上がったのも、きっと意味のある偶然が重なりあって引き起こしたことだったのだろう。
『運命の番なんて』と初めは嫌悪感さえ抱いたが、リュカとマッティアと暮らすのが、こんなに心穏やかで、たくさんの幸せを貰えると思わなかった。
こんな偶然の一致なら、運命に身を任せてみるのも悪く無いものなんだなと碧馬は思う。
そして、今日もリュカにそっとキスをして、再び地球と繋がっている扉を開け、高校生活へ戻っていくのだった。
☆End ☆
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