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【僕のフォルトゥナ】咲房
僕は井ノ又 碧馬 、どこにでもいるΩの男子高校生だ。
平凡な日常を送っていたが、ある日突然 異世界に飛ばされた。
と言っても召喚されたわけじゃない。この世界では異世界から紛れ込んでくる人がいるんだって。僕もそのうちの一人で、たまたまこっちに落ちてきたらしい。
って事は、僕は勇者として旅立つことも神の御子として人々を救うこともしなくていいわけで。まあ、やってと言われても出来っこない話だけど、じゃあ僕、いらないじゃん。
神様 恨みますよ~。
そしてこの世界の人々には、αやβ、Ωなどの区別がないらしい。え、じゃあΩの僕と番 ってくれるαの人はいないの?そんなぁ。
でももう番 の事はいいんだ。だって、こっちの世界で気になる人ができたから。人っていっても下半身は人じゃなく馬だ。つまりケンタウロス。元の世界では神話の中にしか存在しなかったけど、こっちではちゃんといるんだよ。腰から上は人間、下は馬のケンタウロスさん。すげー!
その人は僕が森で弱っているところを見つけて保護してくれたんだ。森の自警団のリュカさん。
見知らぬ世界に落ちてきてしばらく不安でグスグス泣いてた僕を抱きしめ、
「大丈夫だよ、何も心配いらないよ」
って辛抱強く囁き続けてくれた人。それにリュカさんは、弱っていたとはいえ男子高校生の僕を森から抱っこで運んでくれたんだよ。すごい力持ち!
右肩のトライバルタトゥーがお洒落 でカッコいいし、尾っぽと一緒で緩 く流れる長い銀髪も綺麗だし、馬の体の筋肉も滑 らかで気持ちがいい。
そういうのが全部好きだけど、そうじゃなくて。なんていうかな……
リュカさんといると安心するんだ。何だか、全てから守ってもらってるような気持ちになる。リュカさんが僕の目を見てふっ……と笑うと、体中に暖かい何かが駆け回るんだ。向こうの世界にだってこんな気持ちになった人はいなかった。
凄く好きだ。僕、この人と一緒にいたい。
でもリュカさんにとって僕は異世界から迷い込んだ人間の子供であり、同族のケンタウロスじゃない。一緒にいる理由も方法も見つからない。
せめて、自立して友達ぐらいにはなりたいな。
そして、生きてるだけでもお腹は空くのです。
働かざる者食うべからず!この世界で拾って頂いた時のご縁で町の食堂で働かせてもらうことになりました。
今日もお店は大繁盛で目が回るほど忙しい。でもこの充実感、嫌いじゃないよ。
「碧馬 、この皿5番に置いたら右端のテーブル片付けてきて」
「はい。あ、店長、レジお願いします!」
バタバタと走り回っていたら、ドン!と誰かにぶつかってしまった。ヨロッとしたが、腕を掴まれ倒れずに済んだ。
「痛ったー。あっ、ごめんなさい、ありがとうございます」
振り返ったらリュカさんだった。
「大丈夫だったかい?怪我はない?」
そう言って顔を両手で包み込まれ、ぶつかった左頬をしげしげと見られた。
「うん、大丈夫そうだね。気を付けて。碧馬 くんは華奢 だからぶつかったら潰されちゃうよ」
華奢って、そりゃあ半獣の熊のおじさんやケンタウロスの人々に比べたら華奢かもだけど、僕は向こうじゃ普通だったんだよ。そんなに過保護にされると……
照れる。
それに期待しちゃうよ。
今はまだ保護した子供で心配してるだけかもしれないけど、僕が大きくなったら恋人としてそうやって触ってくれるんじゃないかな、なんて。
「華奢だから僕が守ってあげるよ」なんてなーんて。へへっ。
でもそう思ってた甘い気持ちは、リュカさんの友達らしい人のひと言で霧散した。
「リュカ!久しぶりだな。あれっ、お前さんタトゥーが出てるじゃないか。いい人が出来たんだね、おめでとう」
えっ!
何それ!どういう事!?
驚いていると店長が説明してくれた。
「ああ、碧馬 は知らないか。コッチの奴はな、運命の番 に出会ったら体に印が出るんだよ。見てみな、リュカの右肩。立派なトライバルタトゥーがあるだろ?」
ガンッと後ろからハンマーで殴られたような気がした。
コッチにも運命の番 っているんだ。
そしてリュカさんは既にその人と出会ってしまっていた。
僕が森でリュカさんと出会った時には、彼の肩にはトライバルタトゥーは出てた。よく覚えてる。あまりにも綺麗なタトゥーで、目を奪われたから。
「ウソ……」
カラン
手から力が抜け、持っていたトレーが落ちた。
リュカさんが異変に気付いてトレーを拾い、僕に手を差し伸べてくれた。
それは、ほんの今、僕の頬を包んでくれた優しい手のひら。
僕を見つめてくれた瞳。
でもそれは僕のものじゃないんだ。
彼には運命のひとがいる。
僕よりそのひとの方が大事なんだ。
僕のものには、一生ならない――
急激に世界が色を失った。
音もしなくなった。
ただただ、嵐のような悲しみが押し寄せてきて、苦しくて悲しくて、僕は糸の切れたマリオネットのようにその場にへたりこんだ。
「……うあ、うああ、ああぁあぁ」
「!」
「うお、何だ何だ、坊主いきなりどうした」
「うああぁあん。うわあぁぁん」
「碧馬 くん!」
とうとう大声で泣き出してしまった。
「碧馬 くん、違う、違うよ、」
「うああぁあん。うわあぁぁん」
「碧馬 くん、落ち着いて、泣かないで。違うよ、お願いだから話を聞いて、」
リュカさんが必死に何か言ってる。でも僕は涙が止まらなかった。パニックだ。
リュカさんが焦ってる。困らせたいんじゃない。涙よ、とまれ!
流れ落ちる涙をこぶしで拭うけど、あとからあとから溢れてくる。胸の奥が引き絞られるように痛くて、そこから湧き出てくるんだ。
「うわあぁあん。ひくっ、えっ、えっ、えぐっ、ひっ、うあぁあん、ひくっ、」
彼は僕のものじゃない。他の人の番 だ。他の人が好きなんだ。
また胸が痛くて苦しくなって涙が出てきた。
リュカさんはこんなに近くにいるのに遠い。
時空を超えてもまだまだ遠い。
ヤット メグリアエタノニ
何が?何に?
自分の思考が追いつかない。
ただひたすら悲しい。
「うええぇん。うえぇぇん」
すると、いきなりがばっと抱きしめられた。
「君だよ!君なんだよ!僕の運命の番 は君だよ!」
ボクノウンメイノツガイハキミダ
痛いくらいにギュウギュウに抱きしめられ、必死に叫ばれたけど絶望に染まっていた僕にはしばらく意味が分からなかった。
「うえぇん。ぇええん。ひくっ、ひくっ、うぅう、……、ひくっ、……、ひっ、ひくっ、……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をさっきと同じように両手で掬われ、鼻がぶつかるほどの距離で目を覗き込まれる。
「聞こえた?君が僕の番 なんだよ、碧馬 くん」
キミガ ボクノ ツガイダ
君が 僕の 番だ
今度ははっきりと意味を成して伝わった。
「ぅうっ、え、ひくっ、ひくっ、なに、ひくっ、ど、どういう、ひくっ、でも、か、かたっ、ひくっ」
何?どういう意味?
訳が分からず聞き返したいのに嗚咽 としゃっくりが止まらない。
嫌だ、覗き込まないで。今、僕の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってる。なのにリュカさんの大きな手は僕の顔を包んで離さない。親指の腹や手の甲で涙を拭いている。ああっ、手の甲に鼻水ついた。ばっちい!
「可哀想に、こんなにボロボロ泣いて。お願いだから泣き止んで」
いやいやしても放してもらえず、だらだら出てくる涙と鼻水ををそのままにしゃくりあげると、リュカさんが感極まったような声をあげた。
「君、そんなに僕のこと想ってくれてるんだ……ああ!番 だ!本当に君、僕の番なんだね!嬉しい!碧馬 くん、可愛い!僕の番。可愛い!!」
「ぐえっ」
いきなり胸にギュギューっと抱き込まれてカエルが潰れたような声が出た。
「僕にはすぐに分かったよ。君が僕の〈運命の番 〉だって!」
「え、な、なに、ひくっ、フォ、ひくっ、フォル?う、ううっ」
また涙が盛り上がってきた。
「大丈夫だよ。君が心配することは何もない。大丈夫、大丈夫」
デジャブ。
あ。
これ、森の中でリュカさんが繰り返し言ってくれたことだ。
(大丈夫だよ、心配いらないよ)
今と一緒で僕を胸に抱き、小さく優しく、何度も何度も。
急に落ちてきた見知らぬ森。見知らぬ植物に見た事もない獣達。極度の緊張でずっと眠れず食べ物も受け付けず、不安に泣いていた僕は、この声でやっと安心して眠ったんだ。
あの時にはもうリュカさんが好きだったんだな。
あの暗い森の中、リュカさんの腕の中だけは安全だった。僕を運んでくれた軽やかなギャロップはブランコのようにゆったりと揺れて、一定のリズムを刻む蹄 の音は子守歌だった。僕はすっかり安心して彼の腕の中で微睡 んだ。
この時間がいつまでも続いて欲しいと願いながら。
あの時と同じように抱きしめられ、当時の気持ちを思い出して落ち着いてきた。でもしゃっくりはまだ止まらない。
「ひくっ、ひくっ、ううっ、」
「僕の〈運命の番 〉は君だ、碧馬 くん。君は僕に会うためにこの世界に落ちてきたんだよ」
「ひくっ、…………え?」
あ。しゃっくり止まった。
え?
今なんて?
会うために落ちてきた、って言った?
偶然の事故じゃないってこと?
僕が呆然と見上げると、リュカさんは甘く蕩ける顔をして僕の涙をキスで拭った。それから顔中に降るキスの嵐。
ちょ、やめて、鼻水まで舐めようとするのやめて!
「驚いた顔も可愛いなあ。どんな顔しても可愛い。僕の番 はどうしてこんなに可愛いんだろう」
「え、ええ?待って、ちょっと待って、僕がこっちに来たのは事故じゃないの?フォルトゥナって、え、じゃあ肩のタトゥーは?僕が会った時にはもう出てたよ」
「君と出逢った時だね。あの時は僕の方が君を先に見つけたんだ。見つけた瞬間わかった。この子が僕のフォルトゥナ だって。僕は君を一目見て恋に落ちた。心臓がドクリと跳ねたし目も奪われたけど、肩が熱くなってタトゥーが浮かび上がったのが何よりの証拠だった」
「タトゥーは会うまではなかったの?」
「そうだよ、君が振り向く直前に出たんだよ」
「そんな……」
「でもあの時の君はいきなりこっちに飛ばされて混乱していた。帰りたいと泣いているのに、こっちの番 に引き寄せられたなんて言えなかった。ましてやそれが僕だなんてとても言えない。だから碧馬 くんが落ち着いてから打ち明けようと思ったんだ。ごめんね、君は僕がこの世界の住人だからこっちに来ちゃったんだよ」
「!!」
そうだったんだ……事故じゃなかった。僕は、リュカさんに会うためにこの世界に……。
ストン、と納得した。
僕は、僕の番 に会うためにこの世界にやってきたんだ。大好きなリュカさんに巡り合うために。
「じゃあ、一つだけ、一つだけ教えて」
「うん。何?何でも聞いて」
「……リュカさんは僕の事……………………好き?」
「! 当り前じゃないか!好きだ!大好き!ああ!どうして君はそんなに可愛いの!」
「ぐえっ」
潰れたカエル再び。
むぎゅううぅと抱きしめられ右に左に振られる。その中で僕の頭ではさっきの言葉がリフレインしている。
"好きだ、大好き"
顔が熱くなった。見上げるとリュカさんが笑ってる。優しくて頼りがいがある素敵な獣人 。僕の大好きなケンタウロス。その人が僕のこと、好きだって!
「リュカさん、リュカさん、僕も。僕もあなたのこと好き」
この人が僕の運命の人!
巡り合えた!ようやく巡り合えたよ!
「碧馬 くん!嬉しい!」
「わわっ」
パカッパカッ、パカッパカッ
リュカさんは僕を高く抱きあげ、前脚と後ろ脚を交互に蹴り上げて喜びのステップを踏んだ。やっぱりケンタウロスだなあ。ロデオに乗ってるような不規則な動きでガクンガクンしだけど、それも楽しい。
「ふふふふふ」
「あははは。あはははは」
好き。大好き。リュカさん大好き。
あなたに巡り合えて本当によかった!
とある異世界で実った僕の恋。
これが恋の始まりで、それからリュカさんと結婚しちゃったり可愛い男の子を産んだり。
その子がリュカパパさんにライバル宣言しちゃったりもするんだけど、それはまた別のお話。
僕はリュカさんと違って速い足はないけど、時空を駆け抜けてきたよ!
神様ありがとう!!僕、この世界で幸せになるね。
僕の、フォルトナ と一緒に!
〈了〉
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