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旧校舎の噂②
転校してきて僅かな日々しか経っていないというのに、知花は既にクラスの一員として馴染んでいる。だからこそ、わざわざ僕らに聞く必要はないのだと思うのだが、彼の穏やかな笑みを見つめていると―――何故か、断りきれないような気がして僕が旧校舎の噂なんて知らないと答えようとした時―――、
「ボク、その噂……知ってる!!それ……旧校舎の鏡の噂でしょ?」
今までは熱心に本を読んでいた想太がパタンと本を閉じてから、僅かに頬を赤く染めつつ知花を遠慮がちに見上げる。
想太は昔から絵本や文字がギッシリ詰まった本が大好きで―――いつも、白い押し花の栞を使っていて、それがお気に入りなんだと嬉しそうに言っていた。
そんな本の虫である想太が目を輝かせ、僅かに頬を赤く染めつつ知花の問いかけに対して答えるなんて珍しいと思った。
そして、同時に分かってしまったのだ―――。
想太は知花に恋心を抱いているのだ―――と何となく分かってしまったのだ。
「―――旧校舎の鏡の噂?何、それ?どんな内容なの?」
「え、えっとね……確か、旧校舎の美術室にある鏡に左手で触れながら願いを心の中で唱えると……その願いが叶うっていう噂……だったよ?」
「―――へえ、何だか……面白そうな噂だね……そう思わないかい、優太くん?」
「えっ……ぼ、僕…………っ!?」
唐突に想太と話していた筈の知花が、未だに眠っている誠の方へと目線を向けていた僕の方へと問いかけてきたので―――とても驚いてしまい、思わず間抜けな声が出てしまった。
「そんなに、誠の事が好き……なの?此処にオレガいるのに……君の事が大好きな……オレがいるのに……」
「なっ……何を言ってっ……!!?」
―――ガタンッ!!!
いきなり、知花がニコニコと愉快そうに微笑みながら訳の分からない事を言ってきたためガタッと椅子から立ち上がってしまう。そして、その拍子に―――今まで寝ていた誠が目を覚ましてしまい、驚いた顔をしながら僕の方へ目線を向けてきたのだ。
―――クラスメイト達から突き刺さる好奇の視線と、誠から向けられる怪訝そうな視線から逃れるために顔を真っ赤にしながら慌てて顔を背けた。
「ねえねえ、そこの誠も起きた事だし―――今日の放課後に旧校舎の鏡の噂を確かめに行ってみない……ここにいるオレらでさ?」
「…………行く、優太も―――誠も行くよね?」
「…………」
旧校舎の噂に対する好奇心と、知花に対する恋心からとで即答する想太と違って僕と誠は嫌そうな表情を浮かべるものの―――ちょうど次の授業を初めるために教師が教室に入って来たために結局は知花の提案を受け入れるしかないのだった。
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