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アンデッド御用達の酒場①
「た、助けてっ……助けてくれ―――また、クラーケンが……海に出たんだっ……!!早くしないと、俺の娘のレインが―――っ……」
「ウィリアム……貴方、また……海に行ったのね……あんなに、夜の海は危ないって―――忠告したのに……それに、貴方の娘レインは――もう……」
ティーナさんは目に涙を溜めたまま――酒場の中に飛び込んできたウィリアムという男の人の両手をギュッと固く握りしめながら切なそうに言う。
―――すると、
「――ティーナ、無駄だ――その愚かなワシの息子のウィリアムはクラーケンの魅惑の歌声の虜となり正気を失っているようだ……」
今まで何も話さなかったカウンターに座っているノルマンという生者の渋い男の人が呆れた様子で酒場に勢いよく入ってきて僕らに救いを求めたウィリアムという男の人をジロリと一瞥しながら全てを悟ったかのように冷静な口調で淡々と言うのだった。
「やっぱり……やっぱり……間違いだった―――俺は……誰にも――誰にも頼らず……レインを……レインを……助け……くちゃ……」
すると、まるでそれを合図にするかのように焦点の合っていない瞳を酒場の扉の方へと向けて、ボーッと魂が抜けたかのような表情を浮かべているウィリアムがフラフラと覚束ない足取りで――扉の方へと向かう。
「だ、駄目……駄目よ……ウィリアム!!あのクラーケンのいる海に行ったら……今度こそ、取り返しのつかないことにっ……」
「う、うるさいっ……俺は……レインを助けるんだぁぁぁっ……」
―――ドンッ!!
正気を失ってしまったウィリアムから必死で彼を引き止めようとしていたティーナさんは勢いよく床へと突飛ばされ、そのまま倒れてしまったため僕らは慌てて悲痛そうな顔をしているティーナさんの方へと駆け寄るのだった。
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