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~【ネムラ】と【ネムロ】の観覧車からの脱出~① ※ミスト・引田side

※ ※ ※ 未だにミストが何を伝えようとしているのか引田には分からない――。 だが、引田よりも意識が朦朧として【ネムロ】と【ネムラ】の攻撃が効いてしまっているせいで、ほぼ蛾の姿へと近付いてしまっているミストが必死に伝えている気持ちを無下にするということは彼を裏切ってしまう事になると引田は思い直した。 そして、窓の方と目を向ける。もちろん調子に乗って優雅に観覧車内を飛び回っている【ネムロ】と【ネムラ】に気付かれないようにだ。 蛾の群集がばらまいている鬱陶しい鱗粉のせいで、よくは見えないものの、僅かにだが先程までは真っ暗だった観覧車の外の景色が――かつて人気だった頃の《廃遊園地》が映っていたのだ。 その映像の中に、かつて親や兄弟とと一緒に来た時の幼い引田の姿があった。色とりどりの風船を手に持ち、心の底から嬉しそうに微笑んでいる、かつての自分の姿を見て―――引田は胸が締め付けられる思いを抱く。 『―――の中では、立ち上がらないように――いします』 唐突に引田の耳に入ってくる、どこかで聞いた覚えのある男の小さな声――これは、観覧車内で流れていたアナウンスだった。既に意識が朦朧としている引田の幻聴なのだろうか? そして、再び暗闇に支配された観覧車の窓の外にボンヤリと映っている真っ白な人物の姿が目に見えてきたのも――引田の幻覚なのだろうか? その真っ白くボンヤリと映っている人物は――引田に向かって何度も腕を上へ上げている。 《上を見ろ》《上を見ろ》と引田に伝えてくれるかのように――。 引田には、その真っ白に靄がかっている人物が誰なのか既に分かっていた。 かつて幼い時に何度も家族と来ていた遊園地――その園長だった。もっとも彼は遊園地がなくなってしまった後、責任をとり自ら命を絶ってしまったのだが、彼の遊園地と客に対する熱意と愛情は少なくとも引田は本物だと思っていた。 そして、今は故人となってしまっている筈の彼が引田に伝えようとしてくれていること――それも既に引田には分かっていたのだ。 いや、正確には――かつて大好きだった遊園地の誠実で客に対する愛情に満ちた園長である彼こそが引田に一筋の光を導いてくれるのだった。

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