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~【ネムラ】と【ネムロ】の観覧車からの脱出④~ ※ミスト・引田side
【くそっ……くそがっ!!この忌々しい耳長メ………いつの間にか、呪文を唱えてやがったナ!?】
【耳長……?呪文?まさかっ……この耳長のお兄ちゃん……意識を失っている筈なのに……っ……もしかして、無意識のうちにっ……!?】
【ネムラ】と【ネムロ】が慌てふためきながら、横たわってグッタリとしながらも口元をモゴモゴと動かして呪文を唱えているミストへと目線を落とす。
―――とはいえ、魔法も呪文も馴染みのない引田はミストがどのような呪文を唱えているかなどは分からないので、何となく察するしかない。
だが、虫が死ぬ程に苦手なミストであればどのような呪文を唱えるか、という事は何となく察しがついている。
後は、仲間であるミストの事を信じるしかない――。
――パチ
――パチ、パチ
―――ゴォォォォーッ!!
ふと、ミストが無意識の内に呪文を唱えてから少したって、スプリンクラーの水飛沫のせいで地面に落ちたまま弱々しく羽や体をバタつかせながら、もがいている【ネムラ】と【ネムロ】の子供である蛾の幼虫の群集が次々と炎に包まれていく。
【この耳長エルフのお兄ちゃんだけは許せない……ネムラ達の可愛い可愛い子供たちを奪うだけじゃなく……こんな苦痛を与えるなんてっ……許せないっ……絶対に許せないっ!!】
【ネムラのこの牙で血を吸って、骨抜きにしてやるから覚悟してよね……耳長のお兄ちゃん♪ネムラの牙で血を抜かれたら、お兄ちゃんの意思なんか関係なく奴隷になっちゃうんだよ。そしたら交尾も出来るし今度はもっと強くて丈夫な幼虫も産まれる。ネムロとの幼虫なんかとは比べ物にならないくらいに強くて魅力的な幼虫が産まれるに違いないよ……っ……】
グシャッ――
――グシャッ!!
ふと、先程までの子供のように陽気だった【ネムラ】とは、うってかわって怒りに満ちた表情を浮かべながら彼が地面に落ちて尚も炎に包まれた蛾の幼虫を容赦なく踏み潰しながら―――徐々にミストの方へと近付いてきた。
【ネムロ……役立たずの幼虫しか産めない君はもう用済みなんだから、このニンゲンのお兄ちゃんを抑えててよ?もう、ネムラはこの耳長のお兄ちゃんを新しい交尾相手にするって……決めたんだから!!】
【あア……分かっタ……】
そのゾッとするくらいに冷たい【ネムラ】の声を聞いた途端に、引田は少しだけ悲しげな顔をしている【ネムロ】から物凄い力で体を押さえ付けられる。
そして、先程までは怒りの表情を浮かべていた【ネムラ】がミストの首を両手で締め付けながら象牙のように真っ白くて鋭い牙が首へと近付いてきた時―――、
ブシュッ~……!!
勢いよく水が吹き出していたスプリンクラーの水飛沫が止んだ。そして、引田の体を羽交い締めにしていた【ネムロ】の力が僅かに緩んだ。
ガッ――!!
引田は、その時をずっと待っていた――。
【ネムロ】が油断した隙を狙って彼から離れた引田は、勿論そのまま危険が迫っているミストの元へと駆け寄る。
【この……っ……忌々しいニンゲンのお兄ちゃん分際でっ……ネムラの新しい交尾相手に手を出すつもり!?】
「そっちこそ、忌々しい蛾の分際で……ぼくの仲間に手を出すなんて、何様のつもりなの?これでも、喰らいな!!」
――ドカッ!!
引田は情け容赦なく、出来る限りの渾身の力でミストの血のせいで口元を赤く染まらせて醜く喚きたてている【ネムラ】へと渾身の力を込めた蹴りを喰らわせた。
ブシャャャァーッ――!!
そして、再びスプリンクラーが起動し始める。既に地面に落ちて、もがいていた蛾の幼虫達の姿は――炎のせいでほとんど消え去っていたのだが、それでもメラメラと炎に包まれる観覧車。
勿論、引田を炎の熱さと煙からくる苦しさが襲ったが――何としてもミストを守るために必死だったのだ。
そして、引田は自分とミストを守るために服を渾身の力で引き裂き、互いの口元を布で塞ぐ。
二度目のスプリンクラーの起動は引田とミストにとって、とても重要な事なのだ。
【な、なにっ……これは……息が苦しいっ……!?単なる水飛沫じゃない……ち、ちょっと……役立たずのネムロ……何とかっ……!!?】
「残念でした……お仲間は、もう……息耐えてるよ?君が仲間である彼を……ネムロを邪険にして守ろうとしなかったから。これは、消火剤っていって……単なる水飛沫だけじゃない。この水飛沫には同時にガスっていうのを発生させて炎を消す効果があるんだ。口元を塞がないと……余りの息苦しさに……って、もう聞こえてないよね?」
―――観覧車内に沈黙が流れる。
そこには、かつては仲間同士であった筈の【ネムロ】と【ネムラ】の死骸。
そして、彼らが死骸となったからか元の姿に戻ったグッタリと横たわったままのミスト――。
『当遊園地の――観覧車を、ご利用くださいまして――ありがとう――ございます――またのお越しを――お待ちして――』
かつての遊園地の園長の小さなアナウンスの声が微かに聞こえた引田だったのだが、こんな狂った世界になんか二度と来ないよ――と心の中で思いながら耐え難い強い眠りの世界へと誘われてしまうのだった。
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