406 / 713
一行に襲いかかるは――大海蛇⑦
『よお~……お客さん、お客さん……これはどうだ?変人で有名な術師が作った世にも珍しい魔法道具だぜ―――そういや、あの変人術師……最近、姿を見ねえな。まあ、とにかくだ……この魔法道具を使えば同時に二つの魔法が使えるっていう優れ物だ……今なら安くしとくぜ?』
ふっ、と引田の脳内に―――かつて村に来た怪しげな風体の行商人の姿がよぎる。普段の慎重で神経質な己であれば絶対に買うことなど有り得ない名前からして怪しいモノの筈なのに、何故か――その時の自分は戸惑いなど微塵もなくその魔法道具とやらを買ってしまったのだ。
ひとつだけポツンと隅に置かれている魔法道具の名前も、その性能すら行商人から詳しい話を聞くまではよく分かってはいなかったというのに。
「ヒキタ、それ……《ネコンヤマンのタマ》じゃない?同時に二つの魔法を発動させる事が出来るっていう魔術師界隈で悪い意味で有名な魔法道具。そうか、それを使ってあの大ガエルをこっちに引き寄せるんだね?」
流石は、勘の良いミストだと引田は改めて感心する。それと同時に――やはり、持つべきものは理解力と包容力のある仲間だとも改めて思わずにはいられないのだ。
引田の考えは、こうだ―――。
まず、沼の上をプカプカと浮いている以津真天の死骸のひとつをグゲンカ魔法を使って大ガエルの好物だという《キィーナ虫の幼虫》とやらに変化させ、そしてその《キィーナ虫の幼虫》にチャームという魅惑魔法をかけ―――そして、引田達がいる此方まで大ガエルを誘導してもらい、そのまま大ガエルへと乗り移り謎の巨大な影の方へと近付く。
ミストいわく、《キィーナ虫の幼虫》とやらは四六時中、甲高い鳴き声を発しているらしい。もちろん、命が尽きるまでの話らしいが―――それをうまく利用して大ガエルを此方まで誘導してやる――いや、するしかないのだ。
引田にとっては面識はないものの、石像と化してしまったシリカという少年を救うためにもーーー。
シリカという面識のない少年を救うべく躊躇なく沼に飛び込んだ優太と己にとってはライバルという存在の木下誠を救うためにもーーー。
ぎゅうっ、とーー《ネコンヤマンのタマ》という魔法道具を握りしめながら――引田は強く決意をし、そして覚悟を決めて真っ直ぐに沼の方を見据えるのだった。
ともだちにシェアしよう!