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ようこそ、【空中都・青春区・空海】へ②
「……っ…………?」
急に男が何と書かれているか分からない羊皮紙を一心不乱に見つめる様に得体の知れぬ恐怖心を抱いてしまい―――僕は遂に勇気を振りしぼって男から何とか離れると一直線に扉まで目掛けて走る。
しかし、その途端に―――四方八方を壁に囲まれて唯天井に立体的な海が存在しているこの幻想的で不思議な部屋に、たったひとつしかなく脱出するのに必要不可欠な扉がスウッと音もなく消え失せてしまうのだ。
まるで、どこからか―――僕の行動を見ていてそれを阻止するために絶妙なタイミングで仕掛けた誰かの罠だといわんばかりに目の前で扉が音もなく静かに消え失せてしまったのだ。
「そ、そんな……っ……」
思わず脱力してしまい、ペタンと力なく石巻床のへと膝をついて項垂れてしまう僕―――。
だから、すぐ後ろで僕へ危害を加えようとしている存在にすぐには気付けなかった。
【ξξ&Θ#δ都・δδφнΨ区・ξξ&ΦЙ$】
ボソッ……と男の声で―――何かを呟く声が聞こえてきた。すると、扉が消え失せた事で背後の様子にまで気が回らなく悪い意味で油断しきってしまっていた僕の体にナニカ黒い物が巻き付いてきてーーー少し離れてしまっていた僕を物凄いスピードで引き寄せてくる。
再び、襲ってきた男ーーーだった存在の元へと強引に引き戻されてしまい強引に床へと押し倒されてのし掛かられてしまった僕の目に飛び込んできたのは男であり男ではなかった。
一言でソレを表現するならば―――【人型をしている黒い塊】というしかない。目や鼻や口など――つまり顔といったものなどは一切存在せず頭~体全身に至るまで黒に覆われていて五本指の先端からポタ、ポタと黒い雫を垂らしている。かろうじて、人型を保っている黒い物といった方が正確なのかもしれない。
ズリュッ…………
「ひっ…………やっ……やだ……やだっ……誠っ……みんなっ…………」
普通の人間でいうところのキスという行為を強引にするために【得体の知れない存在となってしまった黒いモノ】が顔らしき箇所を近づかせてくる。
涙ぐみながら必死で仲間の名を呼ぶ僕の顔へその【かつて人間だった筈の男】の顔らしき箇所が触れるか触れないかの所で―――、
【ははっ…………いいね、いいね―――。やっぱり――物語は刺激的じゃないとね~……そうそう、ユウタくん……あのおっかない王子様からの贈り物の《淫クの術》にかけられた男に苦しめられてる気分はどうかな?本当は君が淫クの術で魔物に変えさせられた男に苦しめられる姿を、もっと見ていたいんだけど――そういう訳にもいかないんだ……あのおっかない退屈嫌いな王子様のワガママのせいでね】
「……なっ…………何でここにっ……!?」
【ん~…………それを説明するのは後々になりそうだ……あのおっかない王子様はせっかちで冷酷非道だからねってことで……単なる道具のキミは用済みだ。わざわざ、ユウタくんをこの水世界に案内するだけの役目―――ご苦労様♪】
ブク……ブクッ……
かつてニンゲンだった黒い男の身が沸騰した水のように勢いよくブクブクと泡立っていく。ソレの顔はもうニンゲンだった頃のように存在していないので苦しげな呻き声は聞こえていても表情は窺え知れない。
(ひどいっ……ひどい……いくら――僕を襲おうとした男だからって、こんな……こんな風に彼の気持ちを弄ぶなんてっ……スーツの男も―――それに……チカも……酷すぎる……っ……)
と、僕がかつてニンゲンだった筈の男に対するスーツ姿の男とチカの冷酷非道な仕打ちに耐えきれず顔を背けてしまって悶々としている間に―――呆気なく【かつてニンゲンだった淫クの術にかけられてしまった哀れな男】はその姿さえも跡形もなく溶けるように消え失せてしまったのだった。
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