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ようこそ、【空中都・青春区・空海】へ⑫

どこからともなくスイスイと泳ぎ回っていた動きをぴたりと止め、呆然とこの幻想的な世界を見渡していた僕の目の前に乱入者―――それは、この彩りの万華鏡のような魅惑的な世界の中で唯一色のない透明な魚だった。体の色が硝子みたいに透明なせいで中の骨が丸見えになっている。 確か、スケルトンフィッシュという熱帯魚をダイイチキュウにいた時に訪れたペットショップで見た事があったけれども――今、僕の目の前にいる魚はその熱帯魚よりも遥かに体が透明で美しいれけども不気味な印象を持ってしまう。 【なるほど、なるほどねぇ…………Dr,チュウ太は__君をニンゲンの姿のまま此処に来させたのかぁ……それは、それで面白そうだ。ミラージュの王子であるチカ様も__退屈することはないだろうね……ええと、優太くん、だっけ……君はあの美々という少女を探しに来たんだろう?】 スケルトンフィッシュによく似た《骨まで丸見えの透明な魚》がパク、パクと口を開きつつ僕へと話しかけてくる。その声は、先程まで聞いていた___この塔の支配者だとかいう【金野 力(こんの りき)】のものとまったく同じだ。 「知花は___いや、美々さんも……何処にいるの!?あなたが元々は、ダイイチキュウから来たニンゲンだったというなら尚更のこと。知花なら、僕らをダイイチキュウに戻せるかもしれない……っ……あなただってそれを望んでいるんじゃないですか!?」 【あのさぁ……元ダイイチキュウから連れて来られたニンゲンだからって、誰もがみんなアッチに帰りたいと願っているとでも思っているのかい!?もちろん、この美々とかいう少女が帰りたいと願ってるかは知らないし……実際、彼女は帰りたいと思っているのかもね。でも、それはその少女の事情であり俺には関係ない。少なくとも___俺はダイイチキュウに戻りたいなんてこれっぽっちも思ってなんかない。あんな汚くて淀んだ欲望まみれの世界に戻りたくなんてないんだ!!】 と、そこまできて初めて気がついた。 スケルトンフィッシュによく似た《骨まで丸見えの透明な魚》が喚いているのに気をとられていたせいだ。その奥の赤い珊瑚に磔状態にされているだけでなくワカメみたいな海藻に両手を縛りつけて捕らえられているのは、正に僕が無我夢中で探していた人物である【美々】という少女じゃないか。 見た目が人魚のようになってしまった少女__。 恋人の男子学生や教師(クラスメイトもだ)と共に理不尽にもチカというミラージュの王子によって退屈しのぎのためにダイイチキュウへと連れて来られた哀れなる少女__。 恋人である男子学生の命を奪われ【哀しみ】と【怒り】に支配されてしまった美しい少女__。 その少女の外側には体を埋め尽くす程の大きな泡の膜が張っており、その膜に己の手足を突き刺して液体のような得たいの知れないモノを注入しているのは【金野 力】の忠実なる僕であり、片割れである【ハーピー】を僕らが倒した事により怒りと憎しみに支配されている蜘蛛女の【アラクネ】なのだった。 要は、【金野 力】が僕に話しかけてきたのは___僕の気を逸らすための罠だったということだ。

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