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人魚姫③

ついさっきまでふわ、ふわと浮かび続ける僕の真上に広がり、カラフルな珊瑚や熱帯魚___そして穏やかな波の揺らぐ音が聞こえていた【青く美しい海】は人魚姫が咆哮を轟かせた途端に様を変える。風が吹き荒れ、波は高くなりカラフルな珊瑚や熱帯魚達を飲み込んでいく。そして、それがやっと落ち着いたかと思えば――先程までの巨大なサンゴ礁はまるで乾燥し枯れてしまった花ののようにカラフルさを失い石みたいな灰色となってしまうのだ。 それは、皮肉にも―――希望を失った美々こと【人魚姫】の目の色とよく似ている。 カラフルな色を失った灰色の珊瑚礁の周りにはダイイチキュウの図鑑で見た覚えがある太刀魚の群れが、これからは己達の縄張りだといわんばかりにくる、くると周囲を回りながら優雅に泳いでいる。 様子が変わったのは真上の【海】の世界だけじゃない――。 真上の【海】と同様に――僕の真下に広がる【空】の世界にもガラリと印象が変わるような異変が起きてしまっていた。 風が吹き荒れた事で、ダイイチキュウの学校によく似た建物やら信号機、看板___標識や街路樹、街灯など様々なものが風のリズムに沿って狂ったように舞い上がる。ついさっきまで真下の世界には、気まぐれに漂い続ける水色の車の排気ガスからできた白い雲とトルコ石みたいな青空が僕の目に飛び込んできていたというのに人魚姫の咆哮が聞こえた途端に空の色は灰色に覆われる。水色の車の排気ガスが汚染され、淀んだ灰色の雲で世界全体が覆われてしまったせいだ。 微かに見えていた正体不明の___太陽のような光も灰色の排気ガスでできた汚雲のせいで隠れてしまった。 しかしながら、真上にある【海】のものは真下に広がる【空】へはいかないし、逆もありきだ。おそらく、僕を基準にして真下に広がる【空】の世界――真上に広がる【海】の世界とで明確に境界線が敷かれているのだろう。 『だって___そうしないとフェアじゃないじゃないか……そんなのつまらないだろう?』 知花のそんな愉快げな声が、ふっ……と聞こえてきたような気がしたけれど僕は聞かないふりをした。 ようやく、真下の【空】の世界で勢いよく吹き荒れていた風が止んだ。あまりにも強く真上からも真下からも風が吹き荒れていたせいで反射的に目を閉じてしまっていた僕は風が止んだ事で逆に言い様のない不安が襲ってきて__おそるおそる目を開く。 石みたいな灰色の珊瑚礁が__僕が目を瞑っている間にその姿を変えていた。周りをカーテンのように覆っていた太刀魚の大群が徐々に離れていく事で元来の形から何の形に変化したのか理解する。 それは、僕もよく知っている大好きな仲間である誠と引田と瓜二つな形なのだった。

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