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人魚姫の側近との戦い⑨

◆◆◆ 引田は気が気じゃなかった___。 己とライムスだけが、まるで何者かが示し合わせたかのようなタイミングで《電柱の騎士》の大群が支配する場から摘まみ上げられるようにして外側へと放り出され、己の意思などお構い無しといわんばかりに黒い海月型の膜に覆われた人魚姫と対面する事となった。 黒い海月型の膜の中には、窮地に立たされている自分たちにとっては腹立たしいくらいにすやすやと心地よさげに眠りこけている美々という人魚姫。そして___その腕の中に大事そうに抱えられているのはフワフワの綿で作られた白いウサギの縫いぐるみだ。ちょこん、とつけられたタグには【みみのもの】と子供の字で綴られていた。 (いや……単なるウサギの縫いぐるみじゃないよね___あれは……あの背中に赤い目玉が刺繍されてる縫いぐるみは……どう見たってホワリンだ……それに___) 引田は仲間のひとり(一匹というべきか)が窮地に立たされているにも関わらず__とりたてて慌てふためく事もせずに頭の中で今の状況を冷静に整理し始める。 (吐き気を催しそうなくらいに不愉快極まりない毒々しい赤と紫の触手に捕らえられてるのは……優太くんだ……流石にホワリンもとまではいかなくても___せめて優太くんだけは何としてでも誠達と合流してもらわないと……っ……) 今は離ればなれとなっている引田達と誠達とを合流させるまいと___硝子の壁が彼らの前に立ちはだかっている以上、取り敢えずはこの硝子の壁をどうやった壊すか___また、どうやったら毒々しい赤と紫の触手に捕らえられている優太を救う事が出来るかという事を引田は必死で頭の中で考える。 どう見ても、誠達は《電柱の騎士》の大群が仕掛けているミストやサンが放った魔法や弓矢を利用した追尾型反撃に苦戦しているのが分かる。こう言っては何だが__人魚姫の体内という最も厄介な場所に捕らわれの身となり未だに本来の姿を取り戻せていないホワリンよりも、毒々しい赤紫の触手による攻撃で一時的に気絶している優太を強引に起こした上で硝子の壁を壊すという戦略の方が効率的だと考えたのだ。 問題は___どうやったら気絶している優太を起こせるか、優太を捕らえている触手と彼の体を切り離せるかだ。あいにく、引田は単なる人間でミストのような魔法はおろか__サンのように武器(弓矢)さえも持っていない。 強いていえば、肩下げ鞄の中に優太達と仲間になる前に支配下においていた村の市場で魔法商人から買い占めたアイテムが僅かに入れておいてあるものの__それは、いざという時の為に取っておきたいという意思は依然として変わらない。怪しげな魔法商人の言葉を信じている訳ではないけれど、心配性な引田は《トッテオ・キーナ》というアイテムだけは今まで大事に大事に取っておいたのだ。 《望むものをひとつだけ出してくれるアイテム》___しかもアイテムを手にする者が具体的にイメージさえ出来れば、それはたとえどんなモノだとしても可能らしい。 その取っておきで尚且つ胡散臭さが滲み出てるアイテムを、今使ってしまうか――それとも後の為に取っておくかという事に対して迷いに迷っていた時、 「ご主人さま……ご主人さま……ユウタさんはどうしちゃったんデスか!?」 「う、うわ……って……何だ、ライムスか。まったく……ぼくが真剣に悩んでる最中に急に話しかけてくるんじゃ……っ___」 ___ないぞ、と顔を目掛けて飛び込んできた仲間のうちの一匹を叱ろうとした時、ふと引田の目にライムスの体内に何か小さな物が二つ取り込まれている事に気付いた。パッと見た所__ひとつはダイイチキュウに存在していた目覚まし時計だという事が分かる。 大方、悪い意味でマイペースで好奇心旺盛なライムスが辺りに漂っている浮遊物の中から適当に興味があるものを取り込んできたのだろう。 「この音が鳴る変なのは、とっても面白いデスね……って___それよりもユウタさんを起こすのが先なのデス!!」 「…………音?」 この奇妙な世界のモノでも音が鳴る事を知った引田___。 (それなら、もしかしたら……あそこを漂ってるあの建物のアレも上手くいけば……けたたましく鳴り響くかもしれない……そうすれば……) ちら、と引田が目線を横に移す___。 そこには、先程から漂い続けていて尚且つ引田にとって見慣れた建物が浮遊していた。かつてダイイチキュウで引きこもり状態となってしまう前まで心を殺しながら嫌だ嫌だと思いつつ世間体が悪くならないように仕方無く通っていた___【鏡ヶ丘高校】の校舎だ。 校舎の上方に存在する時計の針は、始業1分前の7時59分で止まっている___。

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