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ようこそ、幻惑の【オアシス】へ⑤

◆ ◆ ◆ ぐったりとしたままの引田を背負った僕がぜいぜいと肩で息をしつつ、よろよろしながら無我夢中で最初にいた泉がある場所まで戻ってきた時__先程まで衰弱しきっていたミストを看病していた筈の誠とサンがいなくなっている事に気付いた。不安を感じながらも、背中に背負っていた引田の体を緑生い茂る草村へと横たわらせると水を求めて泉の方へゆっくりと近付いていく。 すると、泉の中には僕らに背を向けて腰くらいまである美しい黒髪の女性へ親しげな様子で話しかけているミスト(何故か上半身裸だ)がいる事に気付いた。僕ら一行が最初にこの大きめの泉がある場所に辿り着いた時にはいなかったため、一瞬とはいえその女性は先程僕らが遭遇した【黒髪の乙女】の内の一人かとも思ったのだけれど、彼女らとは決定的に違う部分があった。 小魚が見えそうなくらいに透明で澄んだ泉の中に下半身が浸かっていて先程の【黒髪の乙女】とは違って頭に白い花の飾りを身につけている女性は___ニコニコしながら、愉快そうにさも当然だといわんばかりに巧みに手を動かしつつ細長い指先から伸びた金色の糸でミストを意のままに操っているように見える。 よくよく見れば、ふいに__此方へ振り向いた不自然なまでに上がっているミストの口元にも金糸がついているようにも見えて、異様なまでにニコニコと楽しそうに微笑んで呆然としている僕の目を見つめながら手に瑞々しいフルーツ(ダイイチキュウにあった葡萄によく似ている)を持ちながら――おいで、おいでと手招きしてくるのだ。 ゴクッ____と喉が鳴る。 先程、一生分は走ったのではないかと思うくらいに無我夢中で走り続けたせいで喉がカラカラに干からびて途徹もなく水分を欲している。しかも、泉の中の黒髪の美女の口から透き通った歌声が聴こえてきて――思わず、足が泉の中に吸い込まれるようにして動きかけたのだけれど__ついさっき【黒髪の乙女ら】に襲いかかられたのをハッと思いだすと、誘惑に負けるまい、と目を閉じて耳を塞ぎながら己を律するために首を横に振る。 そして、次に目を開けた途端___辺りの景色が一変してしまう事に僕は驚きを隠せなくなってしまうのだった。

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