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アラクネとの戦い――の筈が異常事態発生④
◆ ◆ ◆
最愛の人が【モルボル】という魔物の粘液まじりでヌメヌメしてる気味の悪い触手に纏わり付かれている様子を目の当たりにして、誠は言葉を失ってしまった。
それは、囚われの身となった優太と【モルボル】という周りに張られてしまった目に見えない透明な防御壁のせいで間近まで行けないという怒りを抱いたせいでもあったけれど__他にも理由があったからだ。
「ゆ、優太……お前――どうしたんだ!?それに、その姿……っ__」
最愛の優太の変わり果てていく異様な姿を見て言葉を詰まらせてしまう誠__。透明なガラスの如く厚い防御壁に阻まれて何度も体を弾かれてしまう誠は、今の優太は__もはや人間とはかけ離れつつある姿だと知っていながら必死で叫ぶ事しか出来ない。
【モルボル】と優太がいる周辺には【ウィスパーマッシュ】が体を揺らしながら分身させつつ数を増やして此方へと順々に向かってくる。ミストやサンが火の魔法や矢の攻撃で始末しているもののキリがなく、やがて誠達の周りを取り囲んでしまう。
しかし、それよりも厄介なのは【ウィスパーマッシュ】の毒々しい黒地に紫色で斑な形の水玉模様というカサから降ってくる真っ白な胞子だ。ダイイチキュウの冬に降り注ぐボタン雪のように大きい胞子は【モルボル】に囚われて為すがままの優太の身にも降り注いでしまう。
【モルボル】の魔力がそうさせのかは誠には断言しようもなかったのだけれど、気持ち悪い魔物の粘液が纏わりつく触手に体を好き勝手にまさぐられて__絡まれているにも関わらず優太は恍惚の表情を浮かべているのだ。
その時、少しだけ冷静さを取り戻した誠の頭に__優太は【モルボル】によって《魅了》の魔法をかけられてしまっているのではないかという考えが浮かんだ。
その事も大問題ではあるものの、他にもひとつ重大な問題があると誠は思った。
優太の体が足先から上半身にかけて、ゆっくりとはいえ__どんどんと確実にダイイチキュウで見慣れてきている人間の少年という体ではなくなっていく。
「ど、どうしよう……っ__あのモルボルの触手攻撃によって……ユウタの体が変化魔法にかけられていってる……早く何とかしないと――このままじゃ……ユウタが魔物化して【コモルボル】になっちゃうよ」
「コモルボルになるとは__つまりは、優太はヤツらの仲間になってしまうって事か?」
「いや、仲間というよりも他種族を襲うために良いように利用される道具のような存在に成り果ててしまう……といったところだな。つまり、ミスト同様に私が言いたいのは__この
ままではモルボルの浸食が進み――非常に不愉快な結果となるという事だ」
こうして会話していく間にも、優太に対する【モルボル】の触手攻撃はゆっくりと――しかし、着実に進んでいく。
しかし、優太と忌々しい【モルボル】との間にガラスのように透明でぶ厚い防御壁がはられて行く手を阻まれている以上__攻撃手段が思い付かず時間だけが過ぎていく。
(どうすればいい……どうすれば__あの防御壁を破って愛しい優太を救えるか……それだけを考えろ……物理攻撃じゃ無理だ……かといって物理魔法だって……)
と、しばらく考えた末に__ひとつのアイデアが誠の頭に浮かんできた。しかし、必死で考えたとはいえかなり突拍子もない自分のアイデアに自信のない誠は__ふと、すぐ側にいる引田へとそのアイデアを耳元で囁いてみた。
今までの誠であれば、大好きな優太に想いを寄せていたライバル(しかも最初は敵だった)引田に対してアドバイスを求めるのは考えられない事ではあったけれど、その後__無言ながらも大きく頷いた引田の様子を見て自信を持った誠は今度はミストとサンに対しても己のアイデアをコソッと囁くのだった。
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