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アラクネとの戦い――の筈が異常事態発生⑥
ミストが召喚した《バロメッツ》はどんどんと巨大化して上へ上へと伸びてゆき、やがてピタリと動きを止める。
ヤシによく似た大樹の上で此方の様子を愉快げに見下ろしている【サエーナ鳥】の位置に到達するには及ばなかったものの《バロメッツ》の体は現れた時よりも遥かに大きくなっていた。
「よし____ミスト、それに……ライムス……今だ……っ……!!」
天に向かってそびえ立つ大樹のてっぺんに止まり、此方を見下ろしている【サエーナ鳥】に届きそうなくらいにまで巨大化した《バロメッツ》が動きを完全に静止したその時まで何も言わずに傍観していた誠は一旦攻撃の手を止めると急いで仲間の方へと目線を向けた。
とはいえ、誠と同様に【ウィスパーマッシュ】に攻撃しているサンや引田の方ではなく、ついさっきまで魔法詠唱を唱えていたミストや、自らの意思でビー玉よりも少し小さい大きさに体を複数個分裂させていたライムスに対して目線を向けたのだ。
「大丈夫……ミストはとっくに準備万端だよ!!ユウタの事__頼んだよ!?」
「は、はいっ……マコトさん……ライムスもご命令の通りに頑張りマス」
ミストはそう言いながら赤黒く発光している杖先を自らが召喚した《バロメッツ》の上部である羊に向けつつ爆発魔法の詠唱を唱える。そして、ミストがそれを唱えた途端に自らの意思で、あらかじめ小さく複数に分裂していたライムスが躍起になって【ウィスパーマッシュ】と奮闘しているサンや引田の両耳__そして、もちろん誠の両耳の中にすっぽりと収まり耳栓の如く周りの音を遮断する。
「メェ、ンメェェッ……メェェェ~……!!」
ミストという主に召喚され、尚且つ巨大化した後に爆発魔法を喰らった事により驚いたせいか人間でいうところのパニック状態に陥ってしまった《バロメッツ》は大地がビリビリと振動する程に大きな鳴き声を響かせる。それは、誠達一行だけでなく途徹もない群れで襲ってくる【ウィスパーマッシュ】やヤシに似た大樹で誠達一行を傍観し嘲笑うかのように美しい歌声を響かせていた【サエーナ鳥】を驚かせるには充分だったようで__【ウィスパーマッシュ】の群れはサンや引田に対する攻撃を一時的に止めた。
そして、大樹のてっぺんにいる【サエーナ鳥】はカナリアのような歌声を響かせるのを止めると『キョェェ……クェェェ……ッ……』と悲痛そうな鳴き声を嘴から発して呻いている。
「見ろ……っ……防御壁に徐々にとはいえ亀裂が入っていって割れていくよ!!やっぱり__この防御壁には大音量の音を発生させて割るのが効果的だったんだ……っ__よし、そうと分かったらいよいよラストスパートだ。ミスト、最後の魔法を__頼む!!」
誠はピシ、ピシと亀裂が走り割れていく防御壁に目を向けてから__今度はミストに目を向けると仲間だから信頼しているといわんばかりに自信たっぷりな様子で言った。
「もちろんっ__χφχДЙ & χ§εИЗωф!!」
と、ミストが詠唱し終えると今度は先程とは変わって杖先が青と黄色が互いに混じり合う光へと変化した。そして、未だに大音量で鳴き声をあげている《バロメッツ》の頭部へ杖先を向ける。先程と同様に哀れなる召喚羊は主から唱えられた爆発魔法を喰らって少なからずダメージを受けてしまったけれども、今度は《バロメッツ》の羊の胴体部分から大量の白綿が上から地に向かって降り注いできたのだ。
ダイイチキュウで過ごした時やスーツ姿の男が造り上げた【死と始まりの搭】の一部の世界__《三人娘が支配する雪の森》にいた時に目の当たりにしたような光景が広がる。ダイイチキュウにいた頃や《三人娘が支配する雪の森》にいた頃は__雪なんて寒さしか与えない厄介なものとしか思っていなかった誠だったが、ミストが召喚した《バロメッツ》によって降り注ぐ――雪に似た真っ白な綿が遥か頭上から降り注いでくる光景を見て初めて『美しい光景』だと思った。まあ、厳密には冷たい雪ではなく温度などないフワフワした綿なのだけれど、そんな細かい事を考えている余裕は今の誠の頭にはなく__これから、崩れて侵入出来るようになった防御壁の内側で、緑色の粘液まじりかつ小さな目玉がうようよ存在して蠢いている【モルボル】の気持ち悪い触手に捕らわれているユウタの事をいかに素早く救うにはどうすればいいか必死で考えていた。
【モルボル】とユウタの事はさておき、結果的にいえば、その《バロメッツ》の白綿は__誠達一行を意図的に避けるようにして地へと降り注ぎ、【ウィスパーマッシュ】の群れを覆い尽くしてしまい次第に群れ全体が動きを止めていく。今まで大樹のてっぺんで誠達一行を傍観していて先程は苦しそうな呻き声をあげていた【サエーナ鳥】も【ウィスパーマッシュ】の群れが動きを止めるにつれてほぼ同じタイミングで静かになった。
「た____倒せたのか!?」
「それは違うな、完全に倒せた訳じゃない。一時的に眠っているだけ……そうなるような魔法をかけてくれと俺がミストに頼んだんだ。このキノコの群れとサエーナ鳥とやらに関しては__とりあえず動きを止めるだけで充分だ……コイツらはアラクネに利用されているだけ――無益な犠牲はなるべく出したくない。優太もそれを望んでる筈__」
「それは__あのコンノリキとかいうニンゲンとアラクネだけを倒せれば、それでいいという事か?私は反対だ。利用されていようがいまいが襲ってきた時点でコイツらも敵だ__容赦なく始末するべきだった……」
サンから詰め寄られ、誠は言葉を詰まらせて何も言えなくなってしまった。サンが言いたい事も分かるが__誠にはどうしてもアラクネにいいように利用されている【ウィスパーマッシュ】の群れと【サエーナ鳥】を完全に始末する事に抵抗があったのだ。
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