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アラクネとの戦い①
◆ ◆ ◆
「____おい、そんな事はこの一連の戦いが終わった後でやれ。まったく、ニンゲンとは下らない。真実の愛だ、などと浮かれる前に__もっと重要な事に目を向けろ」
「優太くん、それに木下誠__こればかりは堅物エルフに賛成せざるを得ないよ。君達が仲がいいのも分かるしドラマみたいにロマンチックな状況でミストとライムスは惚れ惚れしながら君達を見つめてるけど――まだ戦いは終わってない。むしろ、これからだ」
愛する誠と互いに見つめ合っていた僕は冷静で現実的なサンと引田の言葉を聞いて、はっ――と我にかえった。
その反対に賢そうでいて、実はロマンチックなところもあるミストはライムスを抱えながら羨ましそうに見つめていた。僅かに顔を赤く染めながら此方をジーッと見つめてくるミストと目が合って僕と誠はほぼ同時に視線を横へと逸らしたのだが、サンと引田が言う通り――これからアラクネとの戦いが待ち受けていふ事には間違いなさそうだ。
《バロメッツ》の飛ばした綿に覆われつつ寝息をたてている【ウィスパーマッシュ】の群れと樹上にいて極彩色の体を横たわらせつつ眠りの世界に誘われている最中の【サエーナ鳥】――そして【モルボル】を退治した事により未だに毒の泉の中に潜んでいる【アラクネ】の部下ともいうべき彼らをこのような状態に陥らせた事は《一泡吹かせた》と十分に言えるだろう。
(でも……肝心のアラクネが__毒の泉から出てくる気配がない……っ……)
毒の泉には波紋さえたつことがなく、とても静かだ__。つい先程までは、沸騰する時のようにボコボコと泡だっていたというのに小さな水音さえ聞こえない。とてもじゃないけれど、この泉の中に《死と始まりの塔》の支配者【金野 力】の側近の【アラクネ】が潜んでいるとは思えないくらいに毒の泉だけじゃなく辺りは静寂に包まれている。
しかし、そんな静寂を破る者がいた___。
「あっ……き、きみ___今までどこに行ってたの……っ……!?」
ライムスよりも小さくてその存在さえ忘れかけていた同行者のコオロギが眠いこけている群れの中のうち一匹の【ウィスパーマッシュ】の上に、いつの間にか__ちょこんと乗っかっていたのだ。僕が此方へと引き寄せようと手を伸ばした時、そのコオロギは【眠りこけている一匹のウィスパーマッシュ】の上に乗りながら_まるで曲芸の玉乗りのごとく素早く毒の泉まで転がりながら移動する。
毒の泉の淵ギリギリまで転がった【一匹のウィスパーマッシュ】とコオロギはピタリ、と動きを止めてコオロギだけがそのままピョンと跳びはねると何処かへと去ってしまった。
(なんで、あのコオロギはこんな事を――)
と、少しの間に考えていると僕の頭に__ある考えが浮かんだ。やってみよう、と考える暇もなく半ば無意識のうちに【一匹のウィスパーマッシュ】をギュッと握りしめた僕は毒の泉の真ん中へ向けて、それを放り投げるのだった。
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