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ようこそ、【暗き白銀の世界】へ②
『きゅ……ん……くぅん……』
悲痛な鳴き声に誘われて、おそるおそるゆっくりとした足取りで近づいていくと__洞窟内部とはいえ四方八方を雪と氷に囲まれ白銀に支配されている、とある場所で一匹の白い毛に覆われた生き物に遭遇した。
悲痛そうな鳴き声はダイイチキュウにいる子犬のようで、胴体は小熊のような可愛らしいその生き物は、天井にぶら下がる氷柱が当たって怪我でもしたらしい。周りを囲む雪のように真っ白く、もふもふとした柔らかそうな毛に覆われた体の一部からはこの見渡す限り白銀に包まれている世界には似つかわしくない真っ赤な血が流れている。
(あんなに血が流れて……可愛そうだ__何とかしてあげたいけど……っ……)
さっきも言った通り、僕の所持品は僅かな物しかなく、目の前で苦痛に呻く真っ白な生き物を助けてあげるべきか、それともこのまま何事もなかったかのように見過ごして先に進むべきか__僕は暫くの間、これからするべき選択をどちらにするべきか迷ってしまった。
所持品は僅かしかなく、せいぜい所持品の中の包帯を巻くといった一時しのぎの応急処置的な対応しか出来そうにない。中途半端な事をしても、この可愛らしい生き物の命を完全に救えるかどうか確信が持てないのだ。むしろ、そんな中途半端な選択をした所で、この哀れな生き物にとっては迷惑でしかなく痛みが続いてく中で生き延びるのは残酷なのではないだろうか、と悶々と悩んでいた僕は遠慮がちに鳴き声をあげ続ける生き物へとチラッと目線を向け直した。
黒い真珠のように美しい二つの瞳から__ダイアモンドのように煌めく涙を溢し続けて悲鳴をあげ続けるその哀れな生き物を見捨てる事は僕には出来なかった。
「こんな事しか出来なくて__ごめん。それと、君を置き去りにする事を――許して……っ……」
がさ、ごそ__とカバンを漁り僅かな所持品の中から包帯を取り出すと、僕に触られてもあまりの痛みからか抵抗さえしない哀れな生き物へ慎重にゆっくりと巻いていく。
その時____、
どこからかは正確には分からない__。けれども、すぐ近くから沢山の目線を感じる気がしたのだ。
しかも、その目線はどちらかといえば好意的なものではなく、敵意のこもっているものだと直感的に感じてしまった僕は単なる寒さからくるものではない恐怖でガタガタと体を小刻みに震わせながらも鋭い視線の正体を暴くために辺りをおそるおそる見渡す。
しかし、既に__鋭い視線の正体達は僕を食らうために行動に移していた。
「……っ…………!?」
真上から額に向かって垂れてきた冷たい雫は__氷柱から垂れる水ではなく、視線の正体__【全身が銀色の狼に似た生き物】の群れが口を大きくあけたせいで垂れる涎だったのだ。
今にも、僕を丸呑みにしようと__銀毛に覆われた狼に似ている生き物の群れが勢いよく真上から飛びかかってこようと向かってくる。
当然の事ながら、あまりにも突然の出来事とそれに伴って頭の中が真っ白になってしまうくらいに途徹もない恐怖を抱いてパニック状態に陥ってしまったせいで、氷の彫像になってしまったかの如く僕の体はピクリとも動かせなくなってしまい、それだけでなく足までもが震え一歩も動かせなくなってしまったのだった。
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