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雪原と新たなる同行者と宿屋の娘と②
※ ※ ※
【ようこそ、旅ビトの宿屋へ__ひと晩、1エンドですがお泊まりになりますか?】
僕と青木――それに、アズキ達が暗闇の銀世界にポツンと建っている古びた宿屋へと辿り着くと小柄な女の子が受け付けのカウンターに立ちながら迎えてくれた。
その女の子の年齢は、ダイイチキュウでは小学校高学年くらいだろうか。
以前に出会ったドクターCの部下(おそらくだけれども)である、マ・アという黒いランドセルを担いだ女の子と年齢的にはそう変わらなそうな見た目だが彼女と違って目の前にいる受け付けの子は活気がないように僕の目には見えた。
と、無言で黒い瞳にジッと見つめ返されて__僕はある事に気付いた。
(そうだ……宿屋ならお金を払わなきゃいけない__でも……僕はお金なんて……持ってない)
平然とお金をカウンターに立っている娘に払っていくアズキ達を尻目に、僕は何ともいえない気まずさを覚える。お金なんて持ってないか貸してくれないか、とアズキ達に言うべきか否かを迷っていた時だった。
「おい、優太__お前もさっさと払えよ。まったく、そういうドン臭い所は……相変わらずだな」
「で、でも……僕__お金なんて持ってないよ……っていうか、青木は何で持ってるの?」
ぐいっ……と腕を引かれて青木に引き寄せられた。そして、ダイイチキュウで過ごしていた時のようにぶっきらぼうに青木から《ドン臭い》と言われてしまったのだが、以前みたいな不快な気分にはならなかった。それは、青木が前とは違って僕をバカにした感じではなく単にからかっているだけのように思えたからだ。
見た目は金髪でチャラチャラしているけれど、ニカッと白い歯を見せながら笑いかけてくる青木を見て、まるで――太陽みたいだと思いつつ、尚且つ少しドキドキしながらアズキと共に《1エンド》という小銭をカウンターの上に置いた彼に尋ねてみた。
「お前な____ちょっとは探す素振りくらいしてみろよ。ズボンのポケットの中に入ってねえか?少なくとも、俺は……ズボンの中に入ってたぜ」
「えっ…………?」
どうして、今まで思い付かなかったのだろう――とハッとしてから僕は急いで先程《スノウ・ホワイトウルフ》が落とした分厚い毛皮に覆われた防具を脱いでからその下に履いているズボンのポケットに手を入れる。
「あった……これ、いつの間に……っ__」
いつの間にか、ズボンのポケットの中に入っていた白銀色のコインを取り出してマジマジと見つめてみた。ダイイチキュウの《一円硬貨》にソックリだが、《1》という数字以外は表に何も彫られていない。ダイイチキュウいた頃に見慣れていた一円硬貨には表面の《1》という数字の下には年号と、裏面には《帝大国》《一円》と文字が彫られ中央には花の絵が彫られていた筈だけれども裏面をひっくり返して見てみても――ぱっと見は何も彫られていないように見えた。
「ん…………?」
しかし、光の加減で__裏面にも何か模様が彫られている事に気付いた僕は怪訝そうな表情を浮かべつつ、もう一度《1エンド》を観察してみた。
裏面に彫られているのは、ハート型のように思えた。
【ひと晩、1エンドです――お泊まりになりますか?】
もう少し観察していたかった僕だったけれども宿屋の娘の淡々とした一言と、先程から針のように突き刺さるアズキ達、それに呆れたように僕を見つめてくる青木の剣幕に負けてしまい、名残惜しくも《1エンド》と呼ばれていたコインを一枚カウンターの上に置くのだった。
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