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白銀世界の宿屋での夜③
◆ ◆ ◆
(別に……キナコさんが心配するほど機嫌が悪い訳じゃないのに__あんな、言い方する青木のことなんて……っ……)
【キナコ】に連れられて、僕は宿屋のロビーへと戻ってきた。受け付けカウンターの側には丸テーブルが幾つもあり湯気をたてている料理が置かれている。僕や青木――それに【アズキ達一行】の他に何人か冒険者らしき人物がいるのだけれども酔っぱらいが多いらしく辺りに濃厚な酒の香りが漂っている。
【だからよ おれ 見たんだよ ここから 南の雪山に 巣くう 真っ白な ドラゴンをよ …… ……】
【なんだって もういっかい 言って くれよ 】
【だからよ おれ 見たんだよ ここから 南の雪山に 巣くう 真っ白な ドラゴンをよ …… ……】
【なんだって もういっかい 言って くれよ】
ふと、すぐ近くのテーブルに着く二人組の男達が僕の目に入ってきた。ぐでん、ぐでんに酔っぱらっているせいか片手に酒の入っているグラスを持ちながら何度も繰り返し同じ言葉を話している。
【ホラ 、ユウタ …… ……コッチ、コッチ!!】
僅かながら、その冒険者風の男達の様子が気になった僕だったけれども【キナコ】から腕を引っ張られてある場所に連れて来られてしまったため、そんな些細な事などすぐに忘れてしまった。
ロビーの片隅に、赤く分厚いカーテンがかけられた小部屋が存在する事なんて【キナコ】に連れて来られなければ分からなかったに違いない。それほど、その謎めいた小部屋は他の冒険者らしき人物達から見向きもされずにひっそりと存在しているのだ。
「え、えっと――この場所は……何なの?」
【ココ ハ ボウケンシャ ニ ジョゲン ト イヤシ ヲ アタエテ クレル バショ …… ……ウラナイシ マーマン ノ セカイ サア 、 ハイッテ___】
少しばかり戸惑いを感じながらも、せっかく【キナコ】が青木との喧嘩じみたやり取りで不機嫌になり尚且つ落ち込んでいた僕のために連れて来てくれたのだから、ここまできて部屋に戻るのは彼女に対して失礼だ、と思い直すと得たいの知れない小部屋に対する僅かばかりの不安と緊張を振り払うかのように軽く深呼吸をする。
そして、そのまま――ゆっくりと赤いカーテンに手をかけてから中へと一歩、足を踏み入れる。
血のように真っ赤なカーテンの向こう側には、癒しの世界が広がっていた。しかし、そうとはいえ視覚的に癒された訳じゃない。ロビーの片隅で他の冒険者らから気付かれないようにひっそりと存在する小部屋の中には四角い木のテーブルとイスのみがあり、そこに怪しげな人物が座っていたのだ。
「あ、あの……っ____」
【 …… ……】
外に降り積もる雪のように白いローブを身に纏い、無言のまま此方へと手招きしてくる人物の顔は頭までスッポリと覆われているローブのせいで良く見えない。
ただ、テーブルに置かれた細長い左の指に宝石も何も付いていないシンプルで銀色の指輪をしている事に気付いた僕はどうすればいいのか分からず、隣にいる【キナコ】へと助けを求める子犬のような視線を向ける。
【ユウタ …… メ ヲ……ツブッテ ……】
【キナコ】に言われるがままに、僕は目を瞑った。そうすると、今まで緊張して不安に思っていたのが嘘かのようにスーッと気持ちが楽になっていく。
それもこれも、辺りに漂う甘い香りと――耳を刺激してくるゆったりとしたリズムを奏でる音楽のおかげだ。
ふと、頬の辺りにくすぐったさを感じて僕はパチッと目を開ける。
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