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白銀世界の宿屋での夜④

パチッと目を開けた途端に、さんさんと降り注ぐ太陽の光に照らされ見渡す限り、辺り一面が白い花畑という幻想的な光景に変わっていた。ぱっと見る限り建物も見当たらない。先程、分厚い赤いカーテンを開い先には四角いテーブルとイスのみという無機質的な光景の中にいたとは思えない程に美しく魅惑的な光景を目の当たりにした僕は少しだけ心身共にリラックスしていく。 甘いチョコレートのような魅力的な香りに包まれているせいかもしれない。 桃色の腰まで伸びている髪を風になびかせつつ、エルフのように尖った短い耳をしている可愛らしい見た目の妖精が白い花を持ち、悪戯っぽく微笑みながら僕の頬に白い花が散った後に残ったフワフワの綿毛を擦ってくる。 クスッと尚も悪戯っぽく笑ってから、空中で軽々と身を翻して一回転したその桃色妖精は、その後――まるで、僕を何処かに導こうとするように素早いスピードで前方へと移動していく。 辺り一面は白い花畑だけれども、前方には真っ直ぐな道が伸びているため――僕はその桃色妖精を急いで追いかけた。何故か、そうしなければいけないような気持ちになっていたのと、単純に好奇心が刺激されてしまったからだ。 僕は桃色妖精を追っていく内に、何ともいえない懐かしさと、その他にも出来るだけ早く桃色妖精の元に辿り着かなければという焦燥感に襲われたも。けれども、明らかに《辺り一面白い花畑》という光景に対しての懐かしさが上回っている事に気付いて疑問を抱く。 しかし、そんな疑問も――桃色妖精に追い付くよりも先に僕の前に黒い人物が現れた事ですっかり吹き飛んでしまった。しかも、唐突に僕の前に現れたその黒い人物は一人だけじゃなく二人いる。おそらく、向きあった状態となっている二人は駆け足で急にピタリと止まり驚きの表情を浮かべていた僕になど見向きもせずに花畑から摘んだであろう白い花を交換し合っていた。 でも、さんさんと降り注ぐ太陽に照らされて逆光となりその二人の人物の姿が真っ黒くなっているに違いない、と思った僕はおそるおそる彼らに近付いていく。 そして、近付いた後に興味深い事に気が付いた。 黒い人物らが互いに会話を交わすのを見ていると、彼らの発する言葉が――まるでダイイチキュウで読んでいた漫画の吹き出しのように文字が宙に浮いたのだ。 【 Й§ 太…… …… Йゐ§ЗξЁる ……】 【 Д 花 ЙДχ …… Йゐ§ЗξЁる ……】 何故か文字化けのようになって宙へ文字がゆらり、ゆらりと漂うばかりか――ジジッ……ジッ……という不気味な音を発しつつ、その文字が現れたり消えたりするのを繰り返す。それに気付いた途端に、ぞわっとした感覚を抱いて身震いしてしまう。 しかし、鳥肌がたってしまう程の不安と恐怖を抱きながらも、未だに心の底から沸き上がってくる強烈な好奇心には勝てそうになく、僕は戸惑いを感じながらも二人に触れようと手を伸ばそうとした。 「……っ____!?」 そして、あともう少しで二人に触れられる――と思った瞬間だった。 黒い影に覆い尽くされた二人がいる場所よりも、もっと前の方から強烈な【白い光】がカッと迫ってきて、 まともに目すら開けていられなくなり、 やがて、呆然と立ち尽くしたまま固く目を閉じた僕を辺りを包む花と同じ色の【白い光】が飲み込んでしまうのだった。

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