549 / 713

白銀世界の宿屋での夜⑤

◆ ◆ ◆ ハッと我にかえって意識が段々と明確になってきた時は、既に宿屋の小部屋へと戻ってきていた。 【 迷える者よ お主は 何か 悩みごと が あるのでは ないか ?】 「えっ……と____」 ふと、小部屋に一歩足を踏み入れた時には無言で椅子に座ったままジッとしていた白ローブよ人物が落ち着き払った声色で佇む僕へと尋ねてきた。 「そ、そんな事はない……です……」 【隠さずとも よい 。 先ほど お主の 深層世界 へ 誘った 時に 既に わたくし は お主の 悩み を 見ておる さあ 、 話して みるが いい 。 】 流れるようなリズムで白ローブの人物は僕に言ってくる。その声が透き通るような美しい女性のものだと分かり、急に小部屋へと戻ってきた事に対してまだ混乱はしていたものの少しだけ安堵する。 「その___ある人と……言い争いをしちゃったんです……そのせいで――寂しくて……っ……」 【 アッ 、 アルヒト ッテ アオキ ノ コト ? アズキ ガ イッテイタ 。 ユウタ ト アオキ ハ ナカガ イイ コイビト ダッテ …… …… 】 安堵してしまっていたせいなのか____。 僕は青木と言い争ってしまった事、それと幾ら青木やアズキ達がいるとはいえ何故か孤独を感じて寂しくなってしまっていた事を白ローブの人物へと相談する。 【 迷える 子羊 よ …… …… 己 の 心 の まま に 素直 に なりなさい 。 そして 、その 人物 に 自分 の 本当 の 思い を 告げる の です …… ……さすれば 、あなた に 幸福 が 訪れる でしょう 幸運 を ___】 「はい、自分の心のままに……素直に……なります___ありがとう……ございました――彼に……僕の本当の思いを伝え……ます……」 部屋中に漂う甘い香りと、白いローブの人物が発する心地よい声を聞いた僕はテーブルの上に置かれている透明な水晶玉を釘付けになりながら眺めつつ深々とお辞儀してから礼を言うと【キナコ】と共に小部屋から出て行く。 もちろん、部屋で待っている青木へ謝るのと――僕の素直な気持ちを伝えるためだ。 今までにないくらいに、僕の心はドキドキして高鳴っている____。 ◆ ◆ ◆ 所かわって、ここは【アズキ】、【マッチャ】がいる部屋の前____。 あれから、特にロビーで何をするでもなく僕と【キナコ】は再び宿泊する部屋へと戻ってきた。宿泊部屋に戻る途中、先ほど目にした酔っぱらいの冒険者達に絡まれたりするのではないかと不安に思っていたものの、何度も同じ言葉を繰り返す程にベロンベロンに酔っぱらっている彼らは僕らの存在など眼中になかったらしく、ずっと机に突っ伏していた。 ぴくり、とも動かない彼らの様子を見て心配になったものの、近くに寄ろうとしていた時に隣にいる【キナコ】からくいっと服を掴まれて、今するべき最善の事をハッと思い出した僕は後ろ髪を引かれるような思いで彼らの方を振り向きもせずに階段を登ってから宿泊部屋の前に戻ってきたのだ。 今は、青木と仲直りをして――尚且つ僕の思いを告げる事が先決なんだ、と何度も自分に言い聞かせつつ【キナコ】と別れた僕は青木が待っている部屋の扉を開けるのだった。 部屋に足を踏み入れるなり、青木の厳しい目が僕に向けられて――思わず、そっぽを向いてしまう。 数十分前まで言い争っていたという状況からくる気まずさと、青木と目がぱっちりと合った事に対しての照れくささが襲ってきたからだ。

ともだちにシェアしよう!