611 / 713
ようこそ、壺中殿の内部へ①
*
再び、辺りは静寂に包まれる____。
今は僕の腕の中に戻ってきた白い子猫も先程のようにミャア、ミャアと騒がしく鳴いているわけではなく、目を閉じて眠ってしまっていたため静かなものだ。
聞こえるのは、石畳の上をひたひたと歩く足音と一向に止む気配のない雨音ばかり____。
しかしながら、ここに来たばかりの時とは違って明らかに違う異変が何時の間にか起きていたため、少しばかり安堵しながら前へと進んで行く。
辺りを包んでいた白い煙のような霧が晴れただけでも視界が良くなった分、僕の心に僅かばかりの安心さを抱かせた。
すると____、
視界がハッキリとしていた僕の前方に、ある光景が映り込んできたのだ。
白亜の宮殿の門前に存在する何十段もありそうな階段と、それを埋め尽くす程に段上に並ぶ幾多もの人形たち。しかも、その人形たちはつい先程まで不安に支配された僕の周りを取り囲んでいた【忌雀之姐姐】と【喜孔之童子】にそっくりな状態――つまり、肌は土気色で、尚且つ所々に老人の顔に浮き出るシワの如くヒビが入っていて、口全体が黒糸で縦にギザギザに縫い付けられているといった奇異なものだ。
その何体もの奇異な人形たちが、それぞれの段上にずらりと横並びになっている光景が目の前に広がっていたため、僕は思わずその不気味さから足を止めてしまった。
(で、でも……ここで立ち止まっていても……どこにいるとも分からない誠達は救えないっ____)
そう思い直した僕は、一度深呼吸をして何とか落ち着きを取り戻してから再び前へと歩き始める。
階段を昇る度に、緊張が増していき長く続く階段の終わりを告げる【宮殿の黄金色の門】へと目線を向けた。
なるべく、奇異な人形たちを見ないようにしていたのは、それらがホラーゲームの如く今にでも動いてしまいそうな程に精巧に出来ていて半端ないくらいの恐怖を抱いていたせいだ。
そうはいっても、ついつい奇異なる人形へと目線を向けて釘付けとなってしまったのは、怖いもの見たさという本能からくる奇妙な感覚に捕らわれてしまったのとは別に何処かからズボンの裾をくい、くいと引っ張られたせいでバランスを崩して前屈みに倒れてしまった。
それにも関わらず、奇異なる人形には何の異変も見当たらず、ただ段上に静かに座っているのみだ。
僕は、慌てて体を起こしてから再び段を昇るために傷付いて痛む足をゆっくりと動かした。
その時だ____。
ふっと、何の気なしに目を向けた所に置かれた一体の人形___。
今度は、その一体の人形のみに目が釘付けとなってしまった。
「な……っ____何で……ミストにそっくりな人形が……ここにっ……」
ミストそっくりな人形が、ちょこんと座っているのが見えたのだ。もちろん、肌は土気色で生気を失っている状態に見え、他の人形と同様に口元が黒糸でギザギザに縫い付けられている。
【………ウ……タ、助……ケテ……助……テ……タス、ケ……助ケ……ッ____】
姿は瓜二つといえど、普通ならば話せない筈の縫い付けられた口元から発せられるミストの声ではない――子供特有の甲高い少女の声が僕に助けを求めたかと思うと、まるでそれを嘲笑うかのように周りの奇異なる人形たちが合唱するかの如く一斉にケラケラと高笑いをあげるのが不気味でミストに瓜二つの人形に触れようとしていた手を一旦止めてしまうのだった。
いくら奇異なる人形がミストに瓜二つな容姿をしているにも関わらず、その声(そもそも黒糸で口元を縫われているのだから出るはずがやいのに)が全く違う存在の少女のものであるという、ちぐはぐな現象に対して不気味さを抱いたとはいえ何かしら行動を起こさなくては、何事も変わらない――と思った僕は、おそるおそるとはいえ震える手でその人形に触れた。
バンッ____ビュゥゥゥッ…………
「わ……っ____!?」
その途端に、今まで閉じきっていた黄金の扉が内側から自動的に開く。
そして、ダイイチキュウにて真夏に起こる陽炎の如く、ぐにゃりと歪んでいるせいで中が明確には見えない宮殿内から勢いよく突風が吹いた。
その突風は呆然と階段上に立ち尽くす僕の体までもをさらっていき、ようやく吹き止んだ。
「……っ____な、何で……急に宮殿内から……風が……って……こ、ここは……また始めの場所……?」
威力の強い突風に襲われ、反射的に目を瞑った僕はやっとのことで目を開くことができた。
しかし、再び目を開けた僕に飛び込んできた光景はつい先程まで目の前にあった【奇異なる人形がずらりと横並びしている階段】が遥か前方に見えるというものだ。
つまりは、あと少しで階段を昇りきり宮殿に到達できるといった状態だったにも関わらず、僕はまた雨に打たれ震える子猫と共に無我夢中で歩き続け――再び、あの不気味なる人形がずらりと横並びする階段までたどり着かなければならないという試練を課せられたということであり、何らかの意図的な悪意によって《宮殿前よ階段からスタート地点まで戻されてしまった》というピンチに陥ってしまったということだ。
離ればなれにされた仲間達と容易に会えないことからくるあまりの悲しさと、悪意を持った何者かのせいで翻弄されてしまう自分の情けなさに悔しさを覚えて唇をギュッと噛みしめつつも、僕は子猫と共に前へと歩いて行く。
いくら、繰り返しになろうとも仲間を救うためにはそれしかないんだ――と必死に心の中で復唱しながら降り止む気配なくザアザアと音をたてる滝のような雨の中で足を止めずに歩き続ける。
『ねえ、ユウタ――転移魔法ってね面白いんだよ。術をかけた本人だけじゃなくて、物に対して転移魔法を込めることで相手を転移させることもできるんだ……最も、ミストはまだまだ勉強不足だから出来ないけど。だから、もしも怪しいと思ったら――決してそれに触れないように!!』
かつて、ミストが僕に教えてくれたことを心に刻みながら、二度と同じ過ちは犯さないために仲間そっくりな姿をしている人形たちに目もくれずに階段を昇りきる。
ミストそっくりな人形だけじゃなくて、先程には気付かなかったけれども他の仲間そっくりな人形たちも座っているのだ。そして、僕の知らない存在の声を発しながら苦し気に此方へと救いを求めたり僕の名を呼びながら触れさせるように巧みに誘惑してくるのだ。
けれど、かつてのミストとの転移魔法についての会話を思い出せたおかげで、二度と仲間の振りをして僕を欺こうとしている奇異なる人形には、触れないと誓った僕はようやく宮殿前の黄金の扉前まで辿り着けたのだった。
しかし、またしても新たなる問題が出てきた。
この自動的に開く気配のない、重い黄金の扉を如何にして外側から開くのかという、仲間達を救うために前に進んでいく選択肢には必要不可欠な疑問が僕の頭を埋めつくすのだった。
ともだちにシェアしよう!