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ようこそ、壺中殿の内部へ③

「み……みんなは?他のみんなは……何処にいるの……っ____もしかして……っ……」 不安な表情を浮かべたまま、胸騒ぎを覚えた僕はすがりつくように誠へギュッと抱きつく。 すると、彼もまた僕同様に心配そうな表情を浮かべると、静かに首を左右に振る。 そんな誠の態度に、ふと心の片隅で最悪の事態を思い浮かべてしまった僕だがそんな不吉な考えなど吹き飛ばさなくてはいけないと感じて、今度は自身が首を左右に振った。 「優太……実は、お前と会うまでは__俺一人でここに倒れていたんだ。他の仲間達も……正直言って何処にいるのか……いや、無事かさえ分からないんだ。だから、俺もこの場に何で倒れていたか詳しいことは分かっていない……って――その子猫はどうしたんだ?」 「みんな……無事でいるといいけど。僕も誠に会う前は……宮殿の外に一人ぼっちだったんだけど――ここに向かって歩いて行く内にこの子猫に出会ったんだ。あ、そうだ……そういえばさ____」 と、優太は誠に再会する前に何があったのかを簡潔に話す。 【喜雀之姐姐】、【喜孔之童子】と名乗った奇妙な出で立ちの少年少女と出会ったこと____。 宮殿の黄金扉扉に続く階段で、ミスト達によく似た――それにしては不気味な姿をした奇異なる人形達がずらりと横並びしていたこと____。 ダイイチキュウで真珠と言われている宝石によく似た白い玉を黄金扉の窪みに嵌め込んで、ここまで辿り着いたこと____。 そして、そこまで誠へと話し終えたどころで今までの不安や恐怖が思いきり込み上げてきて、優太は久しぶりに泣きじゃくってしまう。 誠以外の仲間達と再会出来ていないのだから、尚更に不安が蓄積されていく。 誠が子供のように泣きじゃくってしまう僕の肩をさすりながら、必死で宥めてようやく落ち着きを取り戻しかけた、その直後のことだ。 「ゴォォォ~ン……ボォォォ……ン……」 広大な宮殿内に鳴り響く程に大きな銅鑼の音が、ついさっきまで泣きじゃくっていた僕をせせら笑うかのように聞こえてきたのだ。 「あ……っ___ま、待って……急に飛び出したら、危ないったら……」 すると、またしても気まぐれな白い子猫が銅鑼の音に驚いたせいか、するりと僕の腕の中をすり抜けて銅鑼の音が聞こえ続ける方向へとすばしっこく駆けて行く。 「あ…………っ……」 白い子猫が、どこか遠くの方向から聞こえてくる銅鑼の音が聞こえた途端に駆けて行ったのとほぼ同じタイミングで今度は誠が呆気にとられたような声を出した。 自分の身に、何か異変が起きたといわんばかりの彼の態度を目の当たりにしたため、僕は白い子猫の行方も勿論気になったのだけれど、それ以上に彼の様子が心配になってしまい子猫の駆けて行った方向から誠の方へと目線を向き直した。 「誠、どうかした…………!?」 「い、いや……突然この線香に炎が灯ったから――驚いてしまっただけだ」 「…………線香?」 ふと、何処となく怪訝そうな表情を浮かべつつ手元に目線を落とす誠につられるようにして、僕も彼の手元の方へと目線をやる。 すると彼の左手には、確かに一本の線香が握られていて、まるでその名の如く線香花火のように小さな炎が先端に灯り、いつの間にか甘い香りを放つ白い煙を辺りに漂わせていたのだ。 ダイイチキュウにある細長い濃緑色の線香とは違って、割り箸程の太い黄色のもので虹色の漢字らしき文字が彫られている。その意味は分からないし、そもそもこんな不思議な線香など初めて目にした。線香など存在しないミラージュでは勿論のこと、ダイイチキュウで過ごしてきた《戸宇京》でですら見かけた覚えのない奇妙な線香だ。 そうこうしている内に、その白い煙が徐々に集まっていき一本の筋となり、先程から宮殿内をさ迷う僕らを誘うかの如くある扉の前まで続いていく。 それは、ちょうど気まぐれな白い子猫が駆けて行ったのと同じ方向だったため、少しばかり戸惑いを抱いたものの『どうしてもあの白い子猫とは離れてはいけないような気がする……僕の本能がそう警告しているような気がする』と感じていた僕は誠以外に気配のない宮殿にいるという凄まじい不安に押し潰されないように愛する彼の右手をぎゅうっと固く握る。 「行こう…………優太____俺達二人なら、大丈夫だ。はぐれたミスト達も必ず探し出して……絶対に救ってみせる」 「それに、あれから……全く会えていないナギも――想太も……チカもだよね?」 「いいや……想太やナギならば命をかけてでも救おうとは思う。でも、俺は自らの従者や友達を危険にさらしてここまで引っ掻き回したチカを……救おうだなんて思わない。奴は、しかるべき罰を受けるべきだ。こんな異常なことを遊びだと感じている奴は……もう、俺達の友達なんかじゃない……お前はそう思わないのか?」 「…………」 何も答えられなかった____。 それは、こんな酷い目に合わされても僕がチカを未だに友達だからと思っているからかもしれない。 「それよりも……今は、あの赤い扉に入ることだ。拾ったという子猫は健気に、お前を待っているようだぞ……まるで____」 と、誠がそこで一旦言葉を止めてしまったため僕は先の言葉が気になってしまい答えを聞くべくジッと彼の顔を見つめたものの、心根は優しいけれども時々意地悪な面もあるせいかニヤリと笑った後に結局は気になる言葉の内容について教えてはくれなかったのだ。 赤い扉には隙間がないくらいに、金色の札がびっしりと貼り付けられていて、またしても自動的に開く気配がない。

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