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白と黒の世界が迷える僕らを待ち受ける①

* 「優太、優太……っ____おい、起きろ!!」 「ん……っ……誠……だよね?良かった、離ればなれにならなくて……って、ここは……!?」 ふと、誠に声をかけられ体を揺さぶられたため僕は目を覚ました。 僕の顔を覗き込んでくる誠の姿を目の当たりにして、離ればなれになっていないことを確認できた。 ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、その安心感もすぐに吹きとんでしまうような奇怪な光景が僕の目に飛び込んできた。 周りの光景には、色がないのだ____。 いや、それは正確な言い回しではない。色があるにはあるものの今まで巡ってした世界のように多彩な色がない――と表現した方がいいかもしれない。 【白と黒】____そう、ついさっき見かけた水墨画のようにその二色しか存在していないようだ。 今、僕らの辺り一面に存在している竹林にも少しばかり離れた前方に見えている大きな山々にも緑の色がなく、白黒の無機質な印象しか感じられない。 「と、とにかく……俺らがここに連れて来られたということは何か意味がある筈だ。今まで巡ってきた奇妙な世界にだって……何かしらの意味があっただろ?だから、今は連れてこられた意味が分からなくとも前に進むしか道はない……見てみろ、優太____」 と、真剣な表情を此方へと向けて未だに僕の手を固く握り締めながら誠が言ってきたためコクッと小さく頷いた。そして、横たわり白い地面にうつ伏せとなっていた体を起こすと僕らは互いにそこはかとなく不安を抱きつつ存在する白と黒の竹林の中を真っ直ぐに歩いていくのだった。 * 「これ、これ……白黒世に迷う者らよ、其方らはいったい何処に行く身だというのか?」 「ひ、ひゃ……あ……っ____!?」 白い幹に細長い形の黒の葉が風にそよぐ竹林を抜けると、はるか前方に覆うかのような黒い山々に続くであろう一筋の細道へと辿り着いた。 (あの黒に埋め尽くされた山々を抜けると……いったい何が待ち受けているんだろうか……それにしても……人っ子ひとりいないせいか白と黒しか色が存在していないせいか分からないけど……とても静かで薄気味が悪いな……) などと、前方にうねうねと曲がりくねりつつ伸びている黒の細道を、誠と共にひたすら歩いていた僕だったけれども霧がかったかのように真っ白で先程までは前方に聳える黒い山々や竹林――それに愛しい誠の姿以外には何も見えていなかった筈の周囲から不意に落ち着いた男性の声が聞こえてきて、まるでホラー映画さながらのお決まりな悲鳴をあげつつ後方へと飛び退いてしまった。 まさか、白い湯気のような霧がかかっている白が支配しているような異常な場所に他に人がいるなどとは思ってもみなかったからだ。 声をかけられるまでは、誠以外の気配などはなく、ましてや視線も感じていなかったのだから尚更に凄まじく驚愕してしまい恐怖に支配されてしまった僕は咄嗟に隣にいる誠の体にすがりつくのだった。 そこには、いつの間にか地べたに胡座をかき、なおかつ手には筆を持ちながら絵画にいそしむ老人の男性が存在していて、此方の怯える反応を楽しむかのように切れ長の目を細めて笑みを浮かべているのだった。 老人は、白に黒帯の着物を纏い鼻下と口元を覆うように真下へと伸びる灰の髭は驚くことに彼の膝くらいまで長いものだ。更に、年齢の割にはシワひとつない滑らかな象牙のような腕をせっせと動かしつつ彼によって白紙に描かれた絵には白黒の僕らがいるではないか。 彼は今初めて出会ったばかりである筈の僕と誠の絵を、その手に持った筆(よく見ると筆先には黒い墨がしたたっている)で、あっという間に描いたのだ。 「…………」 その余りにも見事な芸当に呆気にとられてしまった僕と誠が無言のまま【白黒の僕と誠の絵】に釘付けとなっていると、またしても老人は次なるものを躊躇など一切なく書き上げていく。 そして、別の意味で僕と誠は言葉を失ってしまった。 「ど……っ……どうして……どうして、このお爺さんが――これを…………」 「優太……気を付けろ____この世界は……やっぱり……何かがおかしいぞ」 老人が【白黒の僕と誠】の次に描いたもの……いや、人物というべきか____。 それは、かつてダイイチキュウ【戸宇京の学校】にて僕をからかった中心人物だった二人――《犬飼》と《猿田》の姿。 しかも、いずれも紙にかかれた僕と誠と同じように白黒で描かれているのだった。 禿げ頭に灰の髭を伸ばした老人は、僕らの狼狽など微塵も気にすることなく四人の姿が描かれた紙へと向けて、ふっ――と息をひとつ吹き掛けた。 すると、奇異なることに吹き掛けられた【白黒の僕ら】が揃いも揃って空中へと浮き上がったかと思うと、そのままぴくぴくと動き出して最終的には地面に足を着く。 まるで、アニメのキャラクターのような動きをするそれらに目を奪われつつも、何故かは分からないけれども体が自分の意思で動いてはくれず靴底が地にくっついてしまっているかのようだ。 それは僕だけじゃなく、誠も同じようだ。 そして、今まではそこにいなかった筈なのに、いつの間にか僕らの両脇に気配すら碌になく現れていた――かつてのクラスメイトの【犬飼】と【猿田】でさえ、僕と誠のように動けずに狼狽してしまっているのだった。 【賽は投げられた……あの墨黒山を越え――果たして先に終場である宮殿枠にたどり着くのは、この二組のうちどちらが先か。この白黒世に永久に閉じ込められるはどちらの組か____いやはや、このような老いぼれにも遊戯をする暇を与えてくれるとは……あの御方も好奇心ある方じゃの。さて、これからはお主らの運とやらを見ているだけに徹するとしよう……】 そう言って、立派な口髭をたくわえた禿げ頭の老人はその場から煙のように一瞬にして姿を消してしまうのだった。 先程までいた場所の真下の地面に、ベーゴマのような八角形の形に折られていて、なおかつ中央部分に等身大よりも遥かに小さく描かれた四体の【白黒の僕らに瓜二つ】な水墨画を、ぽつんと置いたまま___。

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