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賽子が存在しない奇妙な双六が僕らの行く手を阻む①
*
手の甲に出た文字によって、僕らの体が何者かから意図的に操られ動かされている――と一番始めに気付いたのは、悔しいけれどもダイイチキュウの学校にいた時から優等生だった猿田だった。
【まさか、そんなことにも気付いてなかったわけ?少しは頭を使えば?まあ、何にせよ……この双六が変なのは確かだよね……】
猿田が僕に対して意地悪い言葉を言うのは、何もドンクサイだけだからとか、そういう些細なことだけじゃない。猿田はダイイチキュウの学校にいた頃から、ずっと誠に対して恋心を抱いていたのだ。
その敵対心ゆえ、僕を見下しているに違いない。
猿田は自身の想い人である誠にチラリと目線を向けつつ、どことなくドヤ顔で語る。そんな猿田を無視しつつ、僕はこれから待ち受けるであろう試練を考えると目眩を起こしそうになってしまった。
この奇妙なる双六の根本的なルールは、ダイイチキュウのものとさほど変わらない。
例えば【走三个方块】と浮き出れば《三マス進む》____。
その字の通り、普段の歩幅よりもかなり大きく足が勝手に開くものの三歩進むのだ。
【回去五个方块】と浮き出れば《五マス戻る》____。
その字の通り、普段の歩幅よりもかなり大きな動作で後ろ向きになりながら手の甲に字が浮き出る前にいた場所の方向へと五歩戻って行ってしまう。
【一休】と浮き出れば《一回休み》____。
その字の通り、自分の番である筈が地蔵の如く体が動かなくなり、順番的に次のメンバーが動作をすることになってしまい、次の自分の番まで地蔵のようにジッと待っているしかなくなる。
この、自分達で賽子を振れないという奇妙なる【双六】は、いつ終わりを迎えるのだろう――と僕はかなり不安を抱いた。
何故なら、僕は一度宮殿らしき建物が立ち並ぶゴール付近まで進めていたにも関わらず、その直前でスタート地点付近にまで強制的に戻されてしまったせいだ。
全ては、
【回到开始(ふりだしにもどる)】____。
この歪な文字が手の甲に浮かび上がったせいだった。
体の自由がきかない上に、何故にコマであるはずの僕らが賽子を振れないという奇妙な双六の【世界】に飛ばされたのか――そして何よりも僕らが賽子を降っていないのに、どうしてこの奇妙な双六は意思に反して進んでしまっているのかという理由が分からないせいで凄まじい不安がしつこくつきまとう。
そして、この奇妙なる双六の厄介な点は《賽子がないのに勝手に進む》、《コマである自分達で体を動かすのは不可能》ということだけではないことにも本当は気付きたくはなかったけれど否が応でも気付かされてしまった。
それを身を持って体験したのは、犬飼が一番始めだった。
【谋杀蜜蜂叮咬(さつじんばちに刺される)
【右手臂刺伤(右腕を刺される)】
【后方两个方块(ニマス戻る)】
手の甲に最初の文字が浮かび上がったとたんに、「ぶぅぅん、ぶぅん……」と何処からともなく羽音が聞こえてきて、一匹の巨大蜂が現れる。そして、動揺をあらわにする犬飼の右腕に注射針を何倍も太くしたような鋭い尾針を突き刺した。
短い悲鳴をあげた犬飼の右腕が見る見る内に痣をつくり、腫れていく。
僕が――というよりも、被害者である犬飼以外が不安や疑問を抱いたのは、この双六のマスに止まったことが現実に僕ら四人の身に振りかかるということだ。
(止まったマス通りのことが起こる……それ、かなり危険なんじゃ……っ……ただでさえ、こんな気味の悪い世界に飛ばされたのに……)
「くそ、いってぇな……何だってんだよ___さっきの巨大蜂……俺の右手を針で突き刺しやがって……って、ん……何だ?また何か変な文字が浮かんできやがった……これ、漢字か?」
遠くに飛ばされた犬飼の焦りと怒りとを含んだ呟き声が聞こえてくる。どうやらこの賽子の存在しない奇妙な双六ではコマの姿が見えなくとも、それぞれの耳に各々の声が聞こえる仕様となっているようだ。
【ねえ、犬飼くん……今、新しく浮き出てきた文字って何て書いてある?いくら勉強が苦手でスポーツのことばっかり考えてる間抜けな君でも、流石に漢字くらいは読めるんじゃない?】
ふと、真面目な声色の猿田の声が耳に届いてくる。いくら猿田の姿が見えていなくとも、何となくその声色で彼が神妙な面持ちでいるであろう情景が目に浮かぶようだ。
おそらく、同じように姿が見えていない誠も似たようなことを考えているに違いないと思った僕はこの奇妙な双六の手掛かりを探るべく猿田と犬飼との会話を聞き逃すまいと慎重に耳を澄ますのだった。
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