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白と黒しか色がない世界に恵みの雨が降る②
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(このままでは、一向に埒が開かない……)
誠は、とても焦っていた____。
この賽子の存在しない奇妙な双六に対して「本当に上がりというマスは存在するのか」という猜疑心を割と最初の頃から抱いていたものの、その時にはあまり気にしていなかった。
それは、誠達一行が敵と認識した《スーツ姿の男、金野 力 》にしろ《元クラスメイトであり親友だった 、知花 》にしろフェアな精神をポリシーとしていて、誠達をこの【白と黒しかない世界】へとどちらかが(または結託して)飛ばしたとしても決して卑怯な真似はしないと確信していたからだ。
だから、誠と優太以外の仲間を人質にとり、その様をどこかから厭らしい笑みを浮かべつつ愉快げに眺めているとしても、賽子の存在しない奇妙な双六の【上がり】のマスを消し去って誠と優太を永遠に閉じ込めようとしているだなんて到底有り得ないと思ったのだ。
(アイツらは確かに卑劣な奴らだ……でも、あるべき最後の上がりのマスを消すだなんてチンケで無様な真似はする訳がない……特に知花は絶対に有り得ない……アイツは絶対に嘘なんてつかない奴で今までもついた試しがない……だから、此処にはない賽子だって、きっとどこかに存在している筈だ)
願望と推測の間に心は揺らぎながらも「次こは上がりのマスへ」と祈りつつ、誠はひたすら自分の番になるのを待ちわびていた。
そんな中、誠の耳には否が応でも耳障りな猿田の愉快げな笑い声が聞こえてくる。
そして、こう言うのだ。
【やった……三マス進んで《再来一次 》。まだ、ぼくの番だ。これで、あと一マスで待ちに待った《上がり》のマス___目の前に、きらびやかな宮殿が見える……ぼくらの勝ちだ……悪いね、誠。優太くんと君を復讐に通じる道の踏み台みたいにしちゃってさ……でも、しょうがないよね……ぼくは犬飼くんみたいに単純な馬鹿じゃないから】
ふと、猿田の嬉々としたその言葉に妙な引っかかり――まるで魚の小骨が喉に刺さったかのようなむず痒い違和感を覚えつつも誠にはどうすることも出来ない。
ただ、自分の番を待っていることしか出来ないのがとても歯痒い。
しかしながら、そんな絶望的ともいえる誠の――いや、それどころかつい先刻まで嬉々とした様をあらわにしていた猿田さえも予想していない奇妙な事態が唐突に起こる。
日が差しているのかどうかさえ分かりようがない白き天から、ざあざあと雨が降ってきたのだ。それは、自然と誠や猿田――それに、賽子のない双六から脱落してしまったコマであり地蔵の如く地に伏して物言えなくなった優太や猿田に裏切られ華道に使用する剣山の如き針の山に落ちてしまった犬飼の身にも降ってきたに違いないのだ。
【く……っ……こんな、こんな筈じゃ……こんなこと……ぼくらの計画にはなかったのに……っ____】
おそらく無意識のうちに発せられた猿田の忌々しそうな呟きを嫌でも耳にしながらも、誠は辺りの光景に釘付けとなっていた。
白き天から降り続ける雨は、黒い雨でも――ましてや白い雨でもない。
真上から落ちる真っ赤な雨粒は、黒い木々や野に生える雑草を打ち付けていき、果ては遠くに見える山全体にも落ちていく。
木々や野に生える雑草、それに遠くに見える山は誠が釘付けとなっている最中に《緑》という本来あるべきはずの【色】を取り戻していく。
白と黒しかない【世界】が本来あるべきはずの【彩色】を取り戻した後、あまりにも唐突なことで事態が飲み込みきれず呆然としている誠にも、姿が見えないため予想するしかないけれど、何か特別な理由でもあるせいか動揺して単に慌てるばかりでなく声色に怒りと焦りを滲ませている猿田にも恐らくは襲いかかってくるのは奇妙な感覚だ。
まるで、掃除機に吸われる埃になってしまったかのような奇妙な感覚____。
そして目を開けていられない程の眩い白光が彼らを襲い、その内に徐々に意識がフェードアウトしていくのだった。
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