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恵みの雨が降った後にはナニが待ち構えているのか①
*
「……っ____!?」
ふと、気が付くと声にならない悲鳴をあげてガバッと勢いよく身を起こした。
身を起こした時には既に【白と黒しか色がない世界】と【賽子のない奇妙な双六】から解放されていたことに気付いたのは目を覚ましてから少し経って慌てて辺りの光景を忙しなく確認したからだ。
部屋の中央に横を向いている龍の形が施された台座があり、銅から差し出すような形の手の上に何かが乗っかっているのが分かる。
血にまみれた赤い賽子____。
もう一つあった筈の賽子は何処にあるかは今の僕には分かりようがない。
【白と黒しかない世界】――風情ある水墨画の屏風と真下に広がる茶色い木の床にひっそりと置かれた墨汁が注がれてある硯(すずり)、それにそっと控えめに置かれた太めの筆____。
墨汁が注がれている硯と太めの筆に関していえば、僕と誠が意図せずにこの決して広いとは言えない小部屋に迷い込んだ時と同じ状態だ。
しかしながら、台座にある互いに向き合う形となっている竜が持つ血にまみれた二つの賽子と同様に僕らが小部屋に迷い込んできたばかりの時とは決定的な違いがその疾風に描かれている【水墨画】に目に見えて現れている。
本来は【白と黒しかない世界】の筈の水墨画のある部分が真っ赤なに染まってしまっているのだ。
最初こそ絵画に使う顔料なのかと思ったが妙な鉄臭さを感じたのと水墨画に顔料があるのはおかしいと思い直した。
そして、これは【血】なのではないかと思い至ったのだ。
まるで、その飛沫が雨粒のように見えて僕は吸い込まれるかのように紅色に染まっている部分を見続けてしまう。
僕に容姿が似ている人物が横たわり、その真上が血に染まり飛沫を浴びている状態となっているのが見える。
しかし奇妙なことに、そこから大分離れた場所――《上がり》というコマに到達するために通じているマス目の中間部分にある剣山のように鋭く尖った針山に突き刺さる状態で仰向けになっている犬飼に似た人物の真上は血に染まっていない。真っ白なままであり、呆けた顔をして怯えを滲ませている表情を浮かべているように描かれた犬飼の体には血飛沫は飛んでいない。
通常では有り得ないくらいに水墨画の屏風に釘付けとなっていたのも束の間、背後(あるいは左右)から不意に気配を感じた僕は恐怖と不安を抱きつつ、そちらへと目線を向けた。
そこには、ハクビシンの首に噛み付く白い猫____。いや、もはや出会ったばかりの頃とは違って悲鳴をあげる気力さえなさげなハクビシンの返り血を浴びて白と赤のコントラストが嫌でも目を引いてしまうくらいに豹変してしまった元は雪のように白い毛並みだった子猫がいるのだった。
美しい見た目に反して、鋭い牙でハクビシンの首筋に噛み付いており、真夏の海のように澄んだ二つの瞳は真っ直ぐに戸惑いを隠せていなく怯えるばかりの僕に向けられている。
そして、その傍らにはぐったりと横たわる猿田の姿____。
誠の姿は、辺りには見当たらないように思えた。
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