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恵みの雨が降った後にはナニが待ち構えているのか③
「ま…………まさか、最初から僕らを貶めてたの?この世界のことを全て知っておきながら全く知らないふりをして……今まで僕らを追い詰めてたの?僕と誠になら、ともかく……仲が良かった犬飼くんに対してまで、どうしてっ……」
「あれ……意外だね?誠くん大好きな弱々しい優太君なら、真っ先に彼の行方が何処にあるのか聞くかと思ったのに。よりにもよって、あんな単純馬鹿な犬飼くんのことを心配するなんてね。まあ、そんなことはどうでもいいや……ほら、誠くんなら……あそこにいるよ。あの水墨画の中、よく見てみなよ。あの部分____」
じりじりと、後退る僕を追い詰めて近付いてくるのをピタリと止めた猿田はダイイチキュウの学校にいた頃と同じように心の奥底で何を考えているのか分からない裏表があるのを隠す型通りな面白みのない偽物の笑顔を僕に向けながら水墨画の屏風のある箇所を指差した。
白と黒の森林の中に、ひっそりと存在する小さめの池____。しかしながら、現実に目にするのと同じように波打つ白い水面に黒いナニかが蠢いているのが分かったとたんに言葉に出来ないような得たいの知れない恐怖と不気味さを抱いてしまう。
そして、僕はいつの間にか自分の意思とは関係なく屏風スレスレまで顔を近付けて【黒いナニかが蠢いてる不気味な池】に釘付けとなる。
確かに、その白い池の中には誠に似た人物が【黒いナニかが蠢いている不気味な池】の中で必死にもがいている様が描かれているのだ。
暫くそうした後でハッと我にかえって咄嗟にそこから離れようとした。
でも、これまたいつの間にか背後にいて僕の体をがっしりと押さえつけていた猿田のせいでうまく抵抗できていないことに気付いてしまったが渾身の力を振り絞り、敵として認識するしかない存在となった彼から逃れようとがむしゃらに水墨画の屏風がある小部屋から逃れるために扉に向かって一目散に駆け出す。
何とか、扉の前まで到達することはできた。
猿田もあの何を考えているか分からない不気味さが特徴の笑みを浮かべながら、必死で逃げようとする優太に対して邪魔はしようとしてこない。それどころか、人形のように無機質な笑みを浮かべるばかりで言葉すら発してこない____が、逆にそれが恐ろしい。
そんなことを気にしている場合ではない。
早く此処から逃げなくては___と思い直した後で扉を開けるため、黄金の蛇が象られた独特なノブに手をやると思いっきり力を込めてそれを開けようと試みてみる。
しかし、ここまできても尚――猿田は何もしてこようとはしない。
猿田は背後にいるため、その表情は今は伺い知れない。
僕が重い扉に悪戦苦闘している最中に、その異変は起きた。
まず、唐突に部屋の明かりが減り室内が薄暗くなったのだ。最初に足を踏み入れた時もさほど明るいという訳ではなかったものの、今はその時よりも遥かに暗くなっていて僅かな光源しか存在していないため夜のようだ。
そんな異変の中、扉に映るのは背後から再びじりじりと忍び寄る猿田の黒い影____。
しかも、無言なのは先程と変わらないが明らかな異変が彼の身にも現れているのが明らかに分かった。
黒い影としてしか僕の目に映っていない不気味さを引き立てている猿田の影は、ざわざわと逆立つ髪の毛と、口と思われる場所からちろりと伸び先端が二股に割れている細長い舌____。
「ひっ…………!?」
恐らしくて、恐ろしくて――振り向くことができない。
そんな僕を嘲笑うかのように、真上から大量の黒い蛇がぼたぼたと落ちてきて声にならない悲鳴をあげてしまうのだった。
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