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白霧の夢①

自分の意思に関わらず、全身を糸で吊るされた操り人形の如く勝手に背後を振り向かされ、次の瞬間に我にかえった時には既に目の前に広がる光景が先程とは全く別のものとなっていた。 三百六十度、辺りを見回してみても霧がかかり真っ白な光景しか目に映らない。 目に映るは、四方八方が真っ白な霧で覆われた世界____。 此処が何処なのか知る由もなく辺りにも視覚によって情報源となる目立った建造物やその他の物がないように思われる中で途方にくれていたけれど、ふとすぐ近くの方角から仄かに甘い香りがすることに気付いて、光源に誘われる虫のごとく自然と体が魅惑的な香りのする方向へと動いていく。 足を動かす度に、ぴちゃぴちゃと水音がする。 それに、何だか歩きにくいのだ。 まるで、ナニかに纏わりつかれているようだ――と少しばかり不快感を覚えたものの、とにかくこの【白い霧の世界】について情報源を得たいのと離ればなれとなってしまっている誠が何処にいるのか探したいという猛烈な欲求にかられた僕はひたすらそれを無視してゆっくりとはいえ徐々に先へ先へと進んでいく。 すると、暫く進んでいくと前方に幻想的な光景が広がる。 白と黒の二色しかない世界とはいえ、満開の桜と思われる大きな木が存在し、その真下には池がある。 黒く太い幹、黒く細長い枝____。 黒く細長い枝に覆い被さる、綿菓子のように白一色で満開に咲き誇る桜の花____。 そよ風が吹きつける度に白い花弁が空中を舞い、つい先ほどまでは四方八方が霧で覆われる無機質な光景だったというのに、蝶々が舞い踊る幻想的な光景が僕の目を楽しませてくれる。 ひら、ひらと落ちていく白い花弁が地(あるいは池の水面)につく前に蝶々へと姿を変えているのだ。 しかも、見る角度によってその蝶々の大群は白く見えたり黒く見えたりと実に魅惑的な光景が目に飛び込んできて、途方にくれるしかなかった僕に癒しまで与えてくれた。 (もっと……この幻想的な光景を間近で見てみたい……) ふらふらとした足取りで池の側にそびえる桜の木の方へ歩いていき、ふと――ある事に気付いた。 池のすぐ横に、誰かが身を屈ませながら何かしていることに気付いたため、驚きや不安さを感じると共に恐怖を抱いてしまった僕はぴたりと足を止める。 しかし、すぐにこう思い直した。 (もしかしたら誠か、もしくは未だに姿さえ現さないミスト達の誰かかもしれない……にしても――あんなに美しい桜の木の下でいったい何をしているんだろう……) 目を凝らして見てみると、その人物は必死で両手を動かしながら桜の木の下で黒い泥をひたすらに捏ねていることに気付いて、本能的に桜の木の下に身を屈ませているあの人物は再会したいと願って止まない仲間ではないと察してしまうのだった。

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