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白霧の夢から覚めた後①
*
「あっ…………誠、優太くんが目を覚ましたよ……優太くん、ボクだよ……引田だよ――分かるよね!?」
ゆっくりと目を開けると、霧がかかったみたいに、ぼんやりと誰かが覗き込んでくるのが見えた。
徐々に、その人物が誰なのか思い出した僕は勢いよく身を起こした。その際、行方不明である仲間のうちの一人の引田ということを完全に理解したため自然と目に涙を浮かべる。
もっとも、引田の方は僕が突然勢いよく身を起こしたせいで額と額がぶつかってしまい、その痛みのせいで涙を浮かべつつ自分の額を擦っているのだが____。
みすぼらしい格好をした謎の少女と、黒い泥の群れ――それに黒い幹と枝、白い花弁が咲き誇る見事な桜の木が存在する幻想的な世界からどのようにして脱出したのか、それと同時に今まで行方不明だった引田が何処にいて何をしていたのか、まるで理解できない。
しかしながら、無事に再会できて嬉しいという
のは確かなことだ。
お互いに掛け合いたい言葉はあれど、僕と引田は無言で再会できた喜びを含めたハグをする。
「良かった、ずっと……優太くんと誠に呼び掛けてたのに全然気がついてくれなかったから気が狂うかと思ったよ。まあ、あの状況じゃ仕方ない部分もあったけどさ」
「ええっ……ずっと呼び掛けてたってことは……引田は僕らの側にいたの?全然、分からなかった……いったい何処にいたの?」
その疑問に答えるべく、引田はある箇所を指さした。
「あそこ……あの、墨汁が入ってた硯と太い筆があった場所にボクとライムスがいたんだよ――というか、ボクとライムスは何者かの手によって自分の意思に反して墨汁と筆にされてたんだ。あっ……ライムスの行方は気にしなくていいよ。黒いスライムってどうにもピンとこないからさ、あそこにある水溜まりで洗ってこいって命じただけだから。まったく、貴重な飲み水を無駄にするなって後でサンに怒られちゃうかもね」
引田が指を差した場所には、確かに墨汁の入ってた硯と筆があった筈だった。
その側には、否が応でも目にはいる大きめな水墨画の屏風があったのだがその二つの存在を忘れ去るのもおかしな話だし、だいいち共にこの小部屋に足を踏み入れた誠も今は不思議そうな表情を浮かべつつ「信じられない」と唸っているのだから間違えようもない。
「サン……とミストは――引田達と一緒じゃないの?それと他にも、この小部屋には、白い子猫とハクビシンっていう動物がいた筈なんだけど……」
「うーん……白い子猫ならさっきまで此処にいたけど、優太くんが変な行動をした後でどっかに行っちゃったし、それにハクビシンとやらは首から血を吹き出しながら絶命してたよ……もう、あんまり見たくないんだけどなぁ。ほら、あそこ___まさか、あれがサンかミストのどっちかの成れの果てだなんて優太くんも誠も信じたくないでしょ?」
目を細め、明らかに不快感をあらわにした表情を浮かべながら引田がある場所を指さす。すると、そこには確かに彼が言うように首から血を流しピクリとも動かないハクビシンが倒れているのが見える。
何故、ハクビシンが倒れているのか___ということは後で引田に聞いてみようと思い直して、それよりも遥かに気になることを聞いてみることにした。
「僕って……どんな変な行動をしていたの?さっきの口振りだと、誠と引田は……僕がどんな行動をしていたか見ていたってことだよね?」
その疑問を聞いた途端、引田はもちろんのこと今まで側にいてくれて尚且つ何も言わなかった誠までもが驚愕して一斉に此方へ向いたため、訳が分からない僕は困惑するしかなかった。
何せ、《変な行動》をした時の記憶が全くといっていいほどに頭の中からスポーンと抜け落ちてしまっているのだから____。
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