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一行は朱の柱が続く竹林道に迷い込む①

* 「う……っ…………」 目を開けると、またしても知らない場所に迷い込んでいたことに気付いた。 何ともいえない不安を抱きながら辺りを見渡してみると、すぐ側には誠と引田が倒れている。 それに気がついた途端、慌てて身を起こしてから二人の方へと駆け寄った。 そして、すぐに二人の今の状態についてざっとだけれど確認してみることにした。 とりあえず二人とも息はしているようだ。そのことに対してホッと安堵しつつも、直後に新たな不安が襲いかかってくる。 今いる場所はどこなのか、という――もはや今まで何度経験したか分からない莫大で尚且つなかなか容易には拭い去ることのできない厄介な不安事だ。 四方八方が竹に囲まれていて、鳥や虫といった鳴き声すら聞こえない静寂に満ちている不気味としか言い様のない雰囲気が尚のこと僕の不安を掻き立てていく。 時折、そよ風が肌を撫でるがその度に竹の葉がザア、ザアとさざ波のように擦れる音を発しているのも不気味なため早くここから逃げなければという気持ちばかり焦って必死で誠と引田を起こした。 「んっ…………優太くん――あれ、あの変なヌメヌメした奴は……って__ここ、どこ?」 「……っ____また、変な場所に連れて来られたのか……とにかく、早く出口を……」 と、二人が身を起こしつつ戸惑いをあらわにしながら頭の中を整理しようとしている最中の時だった。 シャンッ____ シャラランッ____ 今僕らがいる場所から、そう遠くないであろう方角から鈴の音が聞こえてきたのだ。 「とても綺麗な鈴の音――。それに、あれ……あそこに広がっている石畳の道の上に落ちているのって……」 もしもの時があった場合のために、ついさっき手に入れたばかりの剣を胸元で抱えつつ一応は警戒心を覚えながら慎重な足取りで急ぐことなくゆっくりと鈴の音が未だに響き渡る石畳の道の方向まで歩いていくと、足元に見覚えのある物が落ちていることに気付いて咄嗟にそれを拾い上げる。 このミラージュと呼ばれる【異世界】へ来る前――つまり、ダイイチキュウの学校の旧校舎の【鏡】にまつわる噂を試す前に双子でもあり一心同体ともいえる存在の想太から貰った《白い押し花の栞》だ。 そして、栞を拾い上げたその直後のこと____。 前方へと目をやった時に異様な光景が目に飛び込んできて僕はぶるりと身を震わさずにはいられなかった。 合わせ鏡のように、前方へずらりと並ぶ朱い二本の柱。 果てなど存在せず、永遠に続くぞ――といわんばかりに同じ朱い柱の道が僕ら一行を待ち構えている。 そして、白無垢姿に狐面の行列が朱い二本の柱の道に吸い込まれるかのように、若干頭を垂れさせつつしゃなりしゃなりと歩きながら行列をなしているのが分かった。 四方八方、竹林に覆われ鈴の音が持続的に鳴り響くという不気味さと幻想みを帯びた光景とは裏腹に、ふと真上を見上げてみると空は青く澄み渡っていて太陽の光まで射し込んでいる。 しかし、その青空にも少ししてから異変が起きた。 突然、小雨が降ってきたのだ____。 しかも、普通の雨とは違って空は青く澄んでいるというのに、僕ら一行の全身を雨粒が濡らしていく。けれど、不思議と『こんなに濡れるのは嫌だ』『身を守る物なんて持ってないのに……困ったな』といった負の感情は沸いてこない。 「何かこの光景、どこかで……見たことがあるような……ないような……狐面の行列、果てもなく続く朱い柱____うーんと……あっ、そうそう……狐の嫁入りだ!!優太くんも誠も……ダイイチキュウにいた時にテレビか何かで見たことあるよね?」 「え……っ…………!?」 僕も誠もほぼ同時に首をかしげつつ呆気にとられた間抜けな声を出してしまった。 今のような不気味かつ不思議で幻想的ともいえる奇妙な光景などダイイチキュウのテレビで見たこともなければ、『狐の嫁入り』という言葉さえも見た覚えがない。 「ん…………何、その反応は――?だって、ぼくは以前に学校で優太くんと誠と一緒に……《狐の嫁入り》の特集を見た記憶が……って___うわっ……!!」 僕と誠の反応を見て怪訝そうな表情を浮かべてから、引田はちらりと『狐の面』を着けて白無垢を着ている行列の方へと目を向けた。 その次の瞬間、珍しく驚きの声を発した引田。 引田の異常な程に驚愕を含んだ声を耳にして、『狐の面と白無垢姿の行列』の正体なんかよりも何を驚くことがあるのかということに対して強く興味を引かれた僕は少しばかり大袈裟に驚愕の表情を保ったままの彼の方へと急いで顔を向ける。 尻餅をつきつつ、口をあんぐりと開けた引田は朱い柱が続く果てもなき竹林道をまるで魂が抜かれてしまったかのように呆然と見つめているのだった。

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