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一行は朱の柱が続く竹林道に迷い込む②

引田が魂を抜かれてしまったかのように呆然自失とし、尚且つ異様な程に驚きの声を発したのとほぼ同時くらいのタイミングで『狐の面と白無垢姿』の行列が此方を一斉に凝視していることに気付いた。 言葉も出さずに、ただひたすら、つり目で描かれている狐面の行列に同時に見つめられているせいで今までミラージュで体験した場面以上の得たいの知れないすさまじい恐怖心を抱いてしまう。 それと同時に、まるで僕自身が責められているように感じてしまって訳が分からなくとも僅かに罪悪感を抱いてしまう。 それほどに、『狐の面と白無垢姿の行列』は微動だにせずに、じとりと執念深いとされている蛇のように僕の顔を見つめ続けているのだ。 僕や引田の反応とは裏腹に、隣にいる誠はといえば朱の柱が前方にずらりと立ち並ぶ竹林道の方には目もくれずに辺りを取り囲む竹林の方へキョロキョロと目線をさ迷わせるばかりだ。 いったい、微風にそよぐばかりの竹林の何がそんなに気にかかるというのだろう。 「だ、誰もいない……っ____確かにさっきまであんなに狐の面の行列が気持ち悪いくらいにずらりと並びながら行進してた筈なのに……っ……」 これは、相変わらず呆然自失となり困惑の表情を浮かべ続けている引田のものだ。 「な、何だって……!?お前達、あの気味の悪い……白く光り輝いて浮いているモノが見えてないのか?俺の目には狐の行列があの得たいの知れないモノに化けたように見えるぞ……っ____」 これは、引田の言葉を聞いて僕よりも先に反応した誠のもの。いつも冷静さを保つのを ほんの僅かばかり先を越されたとはいえ、疑問の言葉を発しようとしていた僕と同様にとても慌てている声色だ。 「二人とも、もしかして……あの行列が僕のことをじーっと見てるの……分かってないの?」 最後に、引田や誠の慌てふためく様子に触発されてしまい一際間抜けな声を発してしまう僕のもの。 まるで霧がかかってしまいハッキリとしなくなったようなボーッとしている頭の中で、自分なりにそれぞれの言い分を頑張って整理してみる。 三人のうち一人は『狐の面の行列がまだ朱い柱がずらりと立ち並ぶ竹林道にいて自分をじっと見ている』と主張する。もう一人は『狐の面の行列はいつの間にか消えた』と主張し、もう一人は『狐の面の行列が空中に浮きながら白く光り輝く得たいの知れないモノに変化した』と主張している。 つまり、三人がそれぞれ別の情景を目の当たりにしているということになる。 そのことに気付いてからすぐに、僕の身に異変が起きる。耳鳴りだ。それも、今までに経験したことのないくらいに凄まじい高音が耳の中を攻撃してくる。最初は『キーン』というよくある音だったけれど、徐々に『シャン、シャン……』という鈴とよく似たものへと変わっていく。 いずれにしても、その高音は僕の体内をじわじわと蝕んでいき咄嗟に耳を抑えても鳴り止むことはないし、その耐え難い苦痛がやわらぐこともない。 しかも、唐突に己の身に異変が起きたのは一行のうち僕だけではないのだ。 苦痛に耐えながら、何とか目だけを誠と引田の方へと必死で向ける。 その直後、マトモに立っていられない程に強烈な耳鳴りが起こった直後に、仲間にも危機が迫っているという事実を非情にも突き付けられてしまう。 身に異変が起きたのは、誠よりも引田の方が僅かに先だった。 「あ~……あっちから……あまーい良い香りがするよぉ~……それに、何かがぼくを手招きしてるよぉ……きれいな、きれいな女の……ひと____」 先程まで僕と誠と同様に慌てふためいてパニックに陥っていたというのに、突如として満面の笑みを浮かべながらフラフラとした足取りで朱い柱がずらりと立ち並ぶ竹林道の方へと進んでいく。 しかし、僕の目には『女のひと』の姿など見えなかった。あまりにも凄まじい耳鳴りのせいでそれどころじゃなかったのかもしれないけれど、とにかく何とかして引田を止めようと立ち上がった時に僕と立ちくらみを覚えた。ダイイチキュウで乗ったことのある遊園地のコーヒーカップに揺られた時みたいに体のバランスが崩れ、足がもつれてしまったせいで再び固く冷たい地面に倒れてしまった。 引田の姿は、竹林道の真ん中に差し掛かった時には――忽然となくなっていた。 一瞬にして姿が消え去ってしまったのだ____。 まるで、神隠しのようだ。 しかも、それが引き金だといわんばかりに僕が先程まで『白無垢姿の狐面の行列』や誠にも突如として異変が起こる。 様子のおかしい引田から目を離すまいと、気が狂いそうな程の耳鳴りに耐えつつ気を配っていた僕を嘲笑うかのように、ついさっきまで『白無垢姿の狐面の行列』だった筈のソレは『僕に襲いかかろうとする誠の姿と瓜二つな格好の行列』へと瞬時に変わってしまうと尚も耳鳴りとふわふわした目眩に苦しむ僕の方へ確実に近寄ってくるのだった。 皆が皆、無表情のままで何事か同じ言葉をブツブツと呟いている。 【お前のせいで……お前のせい……で____】 こうなったら、耳鳴りやふわふわした目眩になんて負けている場合ではない。それと同時に、『気味の悪い竹林道を進むなんて不気味で進むのが怖い』だなんて甘いことを考えている場合ではなかった。 引田がおかしくなってしまってから、突如気を失ってしまって地面に倒れてしまった本物の誠を火事場の馬鹿力並みに担いで背中へおぶさる状態にした後に、背を向けた僕らを追い掛けてくる『僕に襲いかかろうとしている誠と瓜二つな姿をしている行列』から逃れるべく耳鳴りのせいで自由のきかない身体を鞭打ちつつ無我夢中で朱い柱の続く竹林道を駆けて行くのだった。 何度、途中で転びそうになったか分からないし、僕よりも身体の大きな誠を背負って逃げるのはとても辛くて苦しいことだったけれど、それでも今度は僕が誠を守らなくちゃならないと何度も自分に言い聞かせながらひたすら前へと進んでいく。 すると____、 「はよう、これに乗りんしゃい!!」 姿は見えないものの、どこかから女の人の美しい声が聞こえてきて僕の目の前に巨大な黒い亀が突如として現れる。 あまりにも予想外な出来事に直面し、不思議に思ったものの背後から大音量の鈴の音が聞こえてきたため、慌てて黒い亀の背へと乗るのだった。

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