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女性の声と黒い亀に誘われて辿り着いた場所は①
*
あれから、どのくらいの時が経ったのだろうか。
ずっと、黒い巨大な亀の背中に乗りながら空中を浮きつつ移動しているのだ。
目眩や頭痛を引き起こす程の大音量の鈴の音は聞こえにくくなっていた。微かに遠くの方から聞こえてくる程度だ。
それに、僕を苦しませた凄まじい頭痛や目眩でさえ和らぎかけている。
では、いったいこれから黒い巨大な亀は僕と誠を何処に連れて行こうとしているのだろうか。
「これい、これい……はよう、目を閉じんしゃい……このままでは、押し潰されてしまうぞよ……まあ、おぬしの相棒はくたばっとるからさして問題ないだろうが……ほれい、前から迫りくるあれが見えんのかいな!?」
ふと、暫く聞こえて来なかった特徴のある話し方をする女性の声が再び僕の頭の中に直接語りかけてきて更に混乱してしまった。
前方には、何も見えないからだ。
暗闇が、続くばかり。
そこに、何か――例えばダイイチキュウにいる動物やミラージュで遭遇した魔物の姿が見えるという訳じゃない。
目を閉じろ、と言われたけれどもそうせざるを得なくなる程の眩しい光がさしている訳じゃない。
(じゃあ、いったい何で……この女性の声は僕に忠告してきたんだろう……よく分からない――けど____)
とりあえず、女性の忠告を受け入れてその声のままに従ってみようと固く目を閉じてみた。
すると、どんどんと女性の声が遠ざかっていくのと同時にダイイチキュウで嗅いだことのある甘い香りが鼻腔を刺激してきて、目を瞑っていても分かるくらいに強烈な眩しさに襲われてしまうのだった。
*
「……れ、これ……起きんしゃい____お主を呼んでる者らがいるぞよ……」
とてつもなく安心感をはらむ柔らかな声色が聞こえて、僕は目を覚ました。どうやら、目映い白光に包まれながら何時の間にか眠りについていたらしい。
横向きに寝そべっていた僕は、ゆっくりと身を起こして周囲の光景を見渡してみることにした。
はっきりと聞こえてくる凛とした声色が発する《僕を呼んでいる者ら》が誠達のことを指していると察した。けれど、それよりも先に此処がどんな場所なのか確認する必要があったのだ。
もしかしたら、僕に危害を加えるために何者かが誘おうとしている危険な場所なのかもしれない。
いや、いわずもがなその可能性はかなり高いと判断した僕はなかなか一歩を踏み出せずにいた。
(そうだ……あれ以降、僕らの前に姿を現していないけれど……もしかしたら、蛇に乗っ取られた猿田の罠かもしれないんだ……あまり認めたくはないけど……)
ここにきても、僕らに対して敵意をあらわにしていた猿田のことを気遣ってしまう。
それは、未だに双子の想太を捕らえている【知花】に対しても同じことだ。
と、そのようなどっち付かずの想いに囚われていた時のこと____。
パシャ、パシャ……ッ…………ピチョンッ――。
すぐ近くから、何かが跳ねるような水音が聞こえてきたのに気付いたため、眉をひそめて垂れ目がちになりつつも、口元は僅かに笑みを浮かべているという不安と好奇心が入り交じった何ともいえない複雑な表情をあらわにしながら恐る恐る水音のした方へと近づいて行くのだった。
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