635 / 713

女性の声と黒い亀に誘われて辿り着いた場所は②

かさっ……と真下で音がして、目線を落とす。 すると、ようやくそこに何があるのか分かった。ついさっきまでは薄暗さと目覚めたばかりで頭の中が霧がかったようにぼんやりとしていたことも相まって、自分の側に何が存在しているかまでは確認する余裕なんてなかったのだ。 水分を失ってすっかり乾いてしまいカラカラになって水気だけでなく華やかな色まで失ってしまっている状態の草花だ。 服の裾が、華やかさを失った茶色や灰色のそれらに当たる度にまるで砂のごとく地に落ちていってしまう。 けれど、その一方で僕が水音のする方へ一歩一歩近づいて行く度に、周りの景色が色づいていくという不可思議な現象も同時に起こっていた。 足を踏み出す度に、先程までは枯れていた草花が、美しいと思える容貌にまで変化して、それだけでなく僕の背丈にまで到達するほどに【再生】していっているのだ。 やがて、その不思議な草は完全に【再生】し終えると、まるで老人の腕の如くシワシワで乾ききった幹を持つ大木ではなく黄金に光輝き見るからに力強さと美しさを備えた大木へと変化してそこにそびえ立つ。 その不思議な変化は、茶色くカサカサのドライフラワーのようだった花にも起こった。宝石のように光輝く美しい花が地から伸びていき、辺り一面が彩りの花畑へと変化していく。 その花畑のちょうど真ん中に、少し大きめの池かあるということに気付いた僕は白黒世界にて入手した武器である《剣》を手に持って構えながらゆっくりと近付いていく。 その有り様は、足がもつれつつ腰も引けていて端から見ると情けないであろうなのが鏡なんてなくても、周りに誰もいなくても何となく自分で分かりきっていた。 とはいえ、それでも今のどっち付かずな状態で何処かへと逃げていく訳にはいかないし――どうせ何か行動を起こさなくてはこの世界からは脱出できないのも分かりきっている。 池の水面は穏やかな状態で、僅かにチャプチャプと波立っているだけでパッと見ただけでは危険な様子は見当たらないようだ。 本来ならいてもおかしくはない魚などの生き物でさえ見当たらない水面には、僕の不安と好奇心が入り交じった顔が映り込んでいる。 極めて穏やかなものとはいえ、それでもある一定のリズムに沿って波立っているせいで、ふいに水面に映り込む僕の表情が歪みを帯びているように思えた。そして、それとほぼ同時に水面に映り込んだままの自分の顔に何ともいえない不気味さをはらんだ違和感を覚えてしまった僕は落ちないように気をつけながらさっきよりも更に警戒心をあらわにしつつ今度は思いっきり水面を覗き込むのだった。 ゆらゆらと揺らめく水面を覗き込んでいる口元はきゅっと引き締まっていて今は笑ってなんていないのに、池に映っていて目に飛び込んでくる僕の口元は愉快げに口角が上がっている____。 何よりも、黒子の位置がおかしい。 水面を覗き込んでいる僕の黒子は、右目を下にあるのだから、本来なら左側に映っていなければならないはず。しかし、今――僕が覗いている池の水面に映る《僕》の黒子はそのまま右目の下にあるのだ。 と、ここにきて――ふいにある可能性について思い浮かんだ僕はある人物の名前を口にしてしまう。 それは、双子である想太にも顔に黒子が存在したからだ。 「そ……う……た……っ____」 会いたくて会いたくて堪らない存在である、その名を口にしつつ無意識のうちに左足を池の水面へと伸ばして踏み込もうとしていた僕の身に異変が起こる。 右手に持ったままだった《剣》が勢いよく後ろへと動いた気がした。 そのせいで、いや――そのおかげでハッと我にかえる僕。 しかし、時既に遅し____。 思わずしりもちをついた僕の背後に何者かの気配を感じて、慌てて振り向こうとした時には僕と《剣》は池の水面へと落っこちてしまっていたのだった。

ともだちにシェアしよう!