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水の中にあるのは素晴らしき白亜の宮殿、そこに僕らは招かれる②

「ねえ、優太くん……それに誠。なんかさ――あっちにいる人魚みたいな彼らが、君らにもってお盆を渡してきてくれたよ。なんか楽器の音でよく聞きとれなかったけど、パッと見たところお刺身みたいだね……ねえ、ちょっとだけ食べてみない?」 「引田……今まで何処に行ってたの?」 ふと、自分と同じように【白亜の宮殿】内部の奇妙ともいえる光景に対して驚いた表情を浮かべていたと思ったのも束の間――いつの間にか姿が見えなくなっていた引田がひょっこりと戻ってきたため僕はびっくりしつつも何をしていたのか尋ねてみた。 確かに、この空間はどこか懐かしい音色を響かせる楽器の音が鳴り響いていて騒がしいといえば騒がしい。 規則正しく、美しい音色が響く中、僅かに音程が外れているものも聞こえているため尚更そのように感じてしまう。 「うーん……何か、この宮殿にすっごく興味が湧いちゃってさ――あちらこちらをひと通り見て回ったんだよ。そんなことをしたところで怒るサンも今はいなくなっちゃってるし……それで、ある場所に大きな朱い柱が二本立っててそこを潜ろうとしたら……この人魚みたいな彼らに呼び止められてこのお刺身みたいなのがのったお盆を渡されたんだ」 今までの経緯を説明しつつ、ずいっ――とお盆を持った手を此方へと伸ばしてくる引田。 まるで子供に戻ったかのように目をキラキラと輝かせながら興味津々な様子をあらわにしてくる彼は一時とはいえ、かつて《引きこもり》となってしまった時があったのが嘘みたいに生き生きとしている。 そんな彼の態度に対して、心のどこかで違和感を覚えつつも僕の目線はずいっと突き付けられているお盆にのった豪華な料理へと釘付けとなってしまう。 至極、単純なことだ____。 お腹が空いて、お腹が空いて堪らない。 よくよく考えてみれば、この白亜の宮殿【竜乙殿】なる場所に来てから――いや、それよりも前からバッグに入れている携帯食さえ口にしておらず不可解なことにあまり《空腹感》を抱くことさえなかったのだ。 誠や引田には会えたものの未だにサンとミスト――それだけじゃなく青木やシリカとも再会出来ていないのだから《空腹感》なんて抱いている暇さえなかった。 ____というか、《仲間を救えていないのだから自分の空腹感なんて後回しだ》と思って、それが仲間に対する【罪滅ぼし】になると都合の良いように考えてしまっていたというのが正しかった。 (食べちゃダメだ……食べちゃダメ……今まで皆に迷惑かけてきたのは僕なのに……) 「優太くん……これ、すっごく美味しいよ……どうして、そんなに悲しそうな顔をしているの?誠だって、ボクだって皆美味しそうに食べてるよ?ね、ほら……」 「優太、お前は何をそんなに追い詰められているんだ?食事は人間の欲求を満たすのに必要不可欠なもの。お前はこれを食べるのに苦しむ必要なんてないじゃないか。俺達は仲間なんだ――互いにダメな部分を補ってこそ成立している関係だ――とにかく……はい、あ~ん……」 誠が、照れくさそうにしながら僕の口元へ赤色の刺身を一切れ差し出してくる。 それはかつてのダイイチキュウの学校内で、いつか彼にされてみたいと常々憧れていた行為だった。 規則正しく響く琵琶の音色のリズムを狂わす、ひとつだけリズムから大きく外れた音色が僕の耳を更に刺激してくる。 それに対して、魚特有の生臭さが鼻腔を刺激してくるのだけれど、結局は【空腹】という誘惑に負けてしまい口を開けて赤い刺身を受け入れてしまった。 「……っ____!?」 突如として襲いかかってくる違和感___。 味覚によるその違和感は、とても分かりやすいものでダイイチキュウで何度も口にしたことがあるということも相まって思わず吐き出しそうになってしまった 誠と引田が半ば強引に僕がそれを飲むように仕向けなかったら、確実に吐き出していて滑らかな質感の白亜の床を汚していたに違いなかっただろう。 その刺身は、本来であれば決してない《極上な甘さ》で僕の舌を刺激してくる。 しかも、妙にみずみずしく噛む度に汁が溢れ出してきてそれが更に異様さを思わせる原因となっているのだった。

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