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水球の中に行きたいのなら通行証を渡せと人間みたいな魚は言う②
*
またしても、一人になってしまった。
けれど、少し前に何度か経験した【完全に一人きりになり孤独だ】という状況な訳じゃない。それに、【いったいぜんたい何処に行って何をするべきなのか分からない】という途方もない不安が常に付きまとっている絶望的ともいえる状況な訳でもない。
幼児に退行した二人が愉快そうに飛び込んだ透明な水球の前には(おそらく)案内人――いや、案内魚ともいえる二足歩行の魚が一匹いるし、そもそも何処に行けばいいのかという疑問を悶々と気にしているよりかは単純に考えて誠と引田をそのまま追い掛けていき、僕も水球へ飛び込めばいい話なのだ。
「そちらのお客ヒトは……どうなさるのデス?」
「え……っ____!?」
「デスから、あなたも彼らに続いて、こちらに行かれるのかと聞いているのデス……その場合ら通行証が必要となりますが……よろしいデスか?」
ふいに、水球の前にいる二足歩行の奇妙な案内人(魚)に声をかけられ、とても困惑した僕は思わず変な声が出てしまった。
「行くのデスか?行かないのデスか?まったく、ハッキリなさってください……優柔不断な人間デスね」
「い……行くよ。もちろん、行くよ……僕はさっきの彼らと一緒に遊びたいんだ」
思わず、「彼らを助けたい」と言いかけて慌てて言い直した。
そうしたのは、今――僕の目の前にいる案内魚も敵かもしれないからだ。その場合、うっかり誠と引田を「助けたい」などと言ってしまえば後から取り返しのつかないことになりかねないからだった。
それは、僕がもっと警戒心を持たなきゃ――と反省した結果であり何とかして心が幼児に戻ってしまっている誠と引田を救い出したいと思ったためでもある。
まあ、これ以上――目の前にいて声色からイライラがにじみ出ている案内魚を怒らせたくないという理由も少なからずあったのだけれど____。
と、チラッと案内魚を見つめた時にあることに気付いた。
その案内魚は人間と同じように衣服を身に付けているのだが、それが何処かで見たことがある気がした。
それもそのはずで、その案内魚は――ダイイチキュウで過ごしている者には馴染み深い学生服――いわゆる学ランと呼ばれる制服を身に纏っているからだ。
「まったく、ようやく決意がみなぎりましたか。まあ、それはいいのデスが……肝心の通行証をまだもらえていないデス……そうデスね、失礼ながらスキャンさせていただきますよ」
「ス、スキャン……って____!?」
と、僕が案内魚の言葉を聞いてギョッとした直後のことだ。今まで、灰色に濁りきっていた案内魚の両目が急にエメラルドのように澄んだ光を放ったかと思うと僕の足元から頭のてっぺんまで頭を動かしていく。
「スキャン完了……さて、お客ビト――あなたはその衣服の胸ポケットの中に長方形のナニかをしまってありますね。それが、通行証として必要になります……今すぐ、それを渡していただけますか?」
「胸ポケットの中にある長方形のナニか……で、でも……それって____」
僕が案内魚の丁寧な言葉に対して戸惑いの表情を浮かべるのには、理由があった。
僕が着ている制服(白シャツ)の胸ポケットに入れているのは、元クラスメイトの知花=チカの手によってこのミラージュへ飛ばされる前に双子の想太が肌身離さず大切に持っていた《白い押し花の栞》だ。
無事に再会出来た時には必ず想太に返す、と心に決めていたため、そう簡単には手渡したくなかった。そのため、返答に時間がかかってしまい更に厳しい口調の案内魚をイラつかせてしまう。
すると____、
「なるほど、あなたにとって大切なもの……デスか――だから簡単には手渡したくないというのデスね。デスが……それは既に先に行かれたお仲間の身よりも――大事なのでしょうか?まあ、此方にはあなたの事情だなんて全く関係ないような気がするのデスが……とにかく、あなたはどうしたいのデスか?」
今まで共に苦境を乗り越えてきた誠と引田の身か――。
それとも、想太がミラージュに来る前に大事にしていた《白い押し花の栞》か――。
(想太……ごめんっ____でも、僕はどうしてもおかしくなってしまった誠と引田を連れ戻さなきゃいけないんだ……)
僕の心に想太に対して途徹もない罪悪感の波が押し寄せ、この場にいない彼に何度も何度も心の中で謝った後に【白い押し花の栞】を、さっきとはうって変わって晴れ晴れしている案内魚へと手渡すのだった。
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