641 / 713

みんなで一緒に遊ぼうよ――ここではゆっくり休めるよ①

* 水球の中に入った途端、僕の目に飛び込んできたのは意外なものだった。 それは、ダイイチキュウにあったトンネルの形にそっくりで真っ直ぐに伸びている。ただ、ダイイチキュウのものと違っているのはコンクリート製ではなく海の中に存在する生物で造形されているといった点だ。 例えば、僕を真上から照らしているライトは本来のトンネルにあったような白の蛍光灯じゃなくて、まるでチョウチンアンコウの目の下から伸びている疑似餌のような独特な形をしていて緑色の光を放っている。 それに、本来のトンネルならば固くて無機質なコンクリートに囲まれているはずの壁にはアロマみたいないい香りを放っているイソギンチャクや、さっきの場所にいた魚達のように人語を話すヒトデや愉快そうに鼻歌を歌うタコなどがいて動揺しきっている僕を前へ前へと進んで行くように誘っている。 ふと、トンネル全体が一定のリズムで律動していることに気付いた。それは、まるでダイイチキュウのバスか電車に揺られているような感覚で地面から振動に襲われてしまいバランスを崩しかけてしまったのだ。 心の片隅では何ともいえない奇妙な不安を感じつつも、その反面はダイイチキュウでの学校生活を思い出してしまい気が緩んだためか無意識のうちに安堵を含んだ笑みを浮かべてしまった。 とにかく、今は前に進んで行くしか道はない。 * トンネルを一歩抜けた後に広がるのは、ダイイチキュウではお目にかかれないような魅惑的な【世界】____。 赤や黄色ピンク、果ては虹色といった彩りの複数の珊瑚が互いにくっつき合いながら織り成している《珊瑚の大樹》が自由気ままに水中を浮かび漂っている。僕の目にはダイイチキュウでは本来意思をもたない筈の《珊瑚たちの木》が楽しそうに自らの意思で踊りを舞っているように見える。 そして、様々な形の貝殻が敷き詰められた地表では可愛らしい女児や男児型の小柄な人魚達が甲高い笑い声をあげながら地に敷き詰められた貝殻を重ねていき見せかけのお城を作っていたり、黄金の砂ですぐに崩れてしまう砂団子やら角度によっては人間にも見えるナニかをこさえているのが見えた。 ここに来てみて取り敢えず分かったことは、パッと見たところ自分以外に人間はいないようだということ。それに、とにかく皆が皆――とても楽しそうで不安を抱えていそうな表情はおろか怒りを抱いている者がいないということだ。 例えば、少し離れた砂場らしき場所では幼い女の子の姿をした人魚が男の子の姿をしたもう一人の人魚が作りかけている《砂のお城》をぐちゃぐちゃに壊してしまった。 普通であれば、少なくともダイイチキュウの常識的に考えれば壊された男の子の方は怒って癇癪を起こすか、もしくは泣いてしまいそうな状況だというのに二人ともニコニコしているのが――とても不気味だ。 しかも、二人とも幼子の姿をしていてその様も人魚とはいえ人間の子のようなのだから尚更のこと____。 (やっぱり……ここには怒りや不安――悲しみといった負の感情がない…もしくは何者かから……そういった負の感情が排除されているのかも……) その推測を確固たるものにするべく、僕はすぐ近くにいた幼い男の子の姿をした人魚が手に持っている大きなタツノオトシゴ型の玩具(おそらくだけれど)を、すれ違いざまに盗ってみた。 心の中は罪悪感で押し潰されそうになったものの、どうしても必要なことだと思ったために起こした行動だ。 それでも、やっぱり心苦しい。 「おにいちゃん……それ、欲しいの?だったら、あげるよ……ぼくもね、それ……あっちにいるあの子から貰ったんだ!!」 自分が持っていたものを奪われたというのに、癇癪も起こさず不満そうな言葉すら口にしない。何よりも、満面の笑みを浮かべているその幼い人魚を見て寒気すら感じてしまう。 「どうして、君は……怒らないの?泣いたり……しないの?」 「だって、ここは笑楽園だもん。怒らない、争わない、泣かない――ここのルールだよ。おにいちゃん……姫の決めたルールは守らなくちゃだよ」 そう言って、僕が盗ってしまったタツノオトシゴ型の玩具に目もくれずニコニコしたままの幼い人魚は他の場所へ鱗に覆われた二足を器用に動かしながらどこか別の場所へと移動してしまうのだった。

ともだちにシェアしよう!