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お遊戯は終わりだ①

銅鑼の音が、一定のリズムで何回も聞こえてきて辺りに響き渡る。 それを耳にした途端、ダイイチキュウでよく想太と読んでいた――ある絵本のワンシーンが思い浮かんだ。 『シンデレラ、魔法は12時で解けてしまうよ……お前はお姫様から元の姿に戻るんだ』 『それ、魔法使いのおばあさんがシンデレラに言うんだよね?でも、何で魔法は12時で解けてしまうのかなぁ……』 『やだな、優太……げんじつは、《ゆめ》とかと違って甘いものじゃないからだよ。この魔法使いのおばあさんは、シンデレラにそのことを教えてくれてるんだ。何もかもうまくいく《せかい》なんて、おもしろくないし、めいかくなルールを作らないと彼女がせいちょうしないじゃないか……』 そう言って、かつての想太は僕よりも大人びた口調で話すとフッとおかしそうに笑いかけてきたんだった。 それはそうと、甘い過去の思い出にひたってばかりではいられない。 絵本の中のシンデレラは、魔法が解けても《絵本》だから特に問題はなかった。 でも、今のこの【世界】ででは、どうなのだろう。 とてもじゃないけれど、ダイイチキュウの絵本の中みたいな都合のいいハッピーエンドでは終わらなそうだ――と僕が確信したのは銅鑼の音に合わせて【珊瑚の大樹】にも変化が現れていたからだ。 今までダイイチキュウで読んでいたガラスの靴のように透明で、光の加減によっては晴れた日の海のようなエメラルド色にも見え此方を魅了していた【珊瑚の大樹】の枝の部分がメキメキと音をたてつつ、銅鑼の音が合図だといわんばかりに意思を持った生物のようにどんどんと伸びていく。 そして、誠や引田――それにさっきまで僕は気付いていなかったけれど、誠や引田とは同様かつ別の《不完全に人魚と化したもう一人の存在》へと勢いよく近づいていき、【珊瑚の大樹の枝】が彼らを捕らえてしまう。 人間の腕のように五本指で器用に不完全な人魚と化した三人を捕らえてしまった【珊瑚の大樹】は誠や引田よりも先の餌食となりうるのは もう一人だと判断したのか、二人を蔓のように伸びた細い枝で大樹の幹にくくりつけた。 その後に、誠と引田とは別の【不完全な人魚と化した存在】である、もう一人を枝先から溢れ出てきた大きな泡の中に閉じ込めると真下からその光景を愉快げに眺めている人魚の群れの方へと向かっていくようにゆっくりと降ろしていく。 その泡も、光の加減によっては赤と青と緑に色が変わっていくため、今このような状況でなければ――おそらく幻想的に見えた筈だ。 けれど、その後に起きたことは、とてもじゃないけれど幻想的には程遠く思わず両手で目を覆ってしまうくらいには衝撃的なものだった。 「おゆーぎ……お、……ゆーぎ……たのしいね」などと皆が皆繰り返し呟きつつ【珊瑚の大樹】の真下に群っていて、決して笑みを絶やさない無邪気にも見える人魚の群れが枝先から溢れ出てきた泡が貝殻の絨毯の上に着地した途端に一斉に駆け寄っていくのだ。 あまりの数の多さに直接は見られなかったけれども泡の中に閉じ込められた《不完全な人魚と化した存在》である彼(多分男の子だろう)の身に食らいつくと、そのままむしゃむしゃと味わっているように見えた。 その奇怪な光景に何故だか目が離せず釘付けとなってしまう。 そして、暫くした後に――ついさっきまでは誠や引田と同じように《不完全な人魚》であったもう一人の彼には、かつてダイイチキュウにいた僕らのような人間の姿とは駆け離れたモノとなり、肌は光沢のある鱗にびっしりと覆われ、両耳は尖り尚且つ赤黒いヒレがなびいている。更に、両足はダイイチキュウでいうところのサメのような色と形をしている。 他の《完全なる人魚》の群れと違うのは、彼らと違って体の大きさが少しばかり大きく小学生高学年くらいに見えているのと、右手にはサンが武器としている弓の矢の形によく似た黒い長槍を持っていることだ。 そして、周囲にいる《完全なる人魚》と同じように笑みを浮かべてはいるものの目は全く笑っておらず、しかも僕の方を真っ直ぐ見つめている。 「…………っ____!?」 そのことに気付いた瞬間、僕の頭の中に恐ろしい思いが駆け巡った。 (彼は誠や引田だけじゃなくて、僕も仲間へ引きずりこむ気だ……早く……銅鑼の音が鳴り止む前に……何とかしなくちゃ……っ……) 銅鑼の音は、確実に鳴っているとはいえ――そのリズムが、とてもゆっくりなのが唯一の救いでもある。でも、このまま行動に移さなければこの海中世界に閉じ込められてしまうのは確実なのだ。 銅鑼の音を鳴り止ますにはどうすればいいのかという問題に気を取られすぎて、僕は珊瑚の大樹に捕らわれの身となったままの誠と引田の方にばかりに集中しすぎていた。 《完全な人魚》と化した彼の目が赤く光り、その直後――それに気付くことができない僕に向かって鋭い槍の切っ先を向けつつ素早いスピードで移動してくるのと、ほぼ同時に____、 「おい…………てめえ、何をボーッとしてやがんだ!?頭で考える前にとっとと、逃げやがれ……この、ボケが……っ……!!」 僕の耳に、聞き覚えのある乱暴極まりない叫び声が届いてきて、我にかえった。 そして、その助言のおかげでギリギリながらも敵の突進攻撃を何とかかわすことができたのだった。

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