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小型の狼獣人と終わりゆく幸福は海中世界①
いや、狼というよりも――むしろダイイチキュウで馴染みのあった犬に近いような気がする。
初めて、その姿を見たにも関わらず、どことなく安心感と懐かしさを覚えた僕は思わず狼獣人へ姿を変化させた犬飼くんの方をマジマジと見つめてしまう。
「ガ、ガルフ……さん……っ____!?」
思わず問いかけてしまった僕の反応を見た途端に、かつて僕ら一行が出会ったガルフという狼獣人の面影を感じさせる今の犬飼くんは、残り少なくなった銅鑼の音に負けないくらいの彷徨を周囲に響かせる。
もしかしたら、ガルフと重ねられるのが嫌で怒ったなのかも____。
そして、いつの間にか表面に現れていた鋭い爪をサメ人魚の背後から忍び寄り、尚且つ唯一柔らかそうな腹の部分へ叩き込んだのだ。
サメ人魚も周りの人魚の群れと同じように【幸福】に支配されきってしまっているので、悲鳴をあげたり苦痛に満ちた表情を浮かべることはなかった。
しかし、そのような異常な状況でも僕と犬飼くんは確実にサメ人魚に少なからずダメージを与えられたということに気付いて安堵する。
少し遠目で見ても、サメ人魚の肌に赤い縦長の三本線――つまりは引っ掻き傷ができたため理解できたのだ。
「よし、この調子で……」
と、小型の狼獣人へ変化した犬飼くんが言いかけた時のことだ。おそらく、犬飼くんはこう考えたはずだ。
『このままサメ人魚の唯一柔らかな部分――つまり腹へ攻撃し続ければいい』と____。
しかし、次の瞬間――引っ掻き傷を負わせるくらいの攻撃を仕掛けた犬飼くんも、そしてその様を横目で見ていた僕さえも予想だにしない事態が起きてしまう。
周りの人魚達の歌声が辺りに響き渡り、それに合わせてサメ人魚の三本傷も徐々に塞がっていく。
やがて、周りを取り囲んでいる人魚の群れが奏でる歌声が止むのと同時に、ついさっきまでは僕も犬飼くんも認識できていた三本傷がすっかり消えて元々のサメ人魚の白い滑らかな肌に戻っていったのだ。
これには、周りでその様子を見ていた僕も――それに確かにさっきサメ人魚の肌に三本線の引っかき傷をつけて僅かとはいえダメージを与えた張本人である犬飼くんも、かなり面食らってしまっているようだ。
全身が固い鱗の肌に覆われ、唯一の弱点でありそうな腹肉の部分さえも傷付けても周りの人魚の群れ達が歌を歌うことで、きれいさっぱり傷を塞ぐことが出来てしまう。
さながら、ミストや他の魔法使いが唱えることのできる回復魔法のように不可思議としかいえない現象だ。
しかも、厄介なことに歌を歌うことにより起こる現象であればサメ人魚の方ではなく周りの人魚の群れ達を倒そうという目論見も通じそうにない。
いかんせん、数が多すぎる____。
もしも、ここに誠や引田がいれば全ての人魚達を退治することも可能かもしれない。
だが、今この場には僕と犬飼くんしかおらず圧倒的に此方側の戦力が足りない上に僕の場合はエネルギーを奪われかけているため本調子ではない。
とはいえ、このまま【喜びしか存在しない海中世界】で不気味としか言い様のない彼らの仲間になるのは絶対に嫌だ____。
どんなに願っても、銅鑼の音が鳴り止むことはなくサメ人魚が槍を持ちながら此方へと近寄ってきてニコリと微笑みかけてくる。
【これで終わりだ……今度こそオレらの仲間になれ】
声にこそ、出さないものの僕にはサメ人魚がそう言っているようにしか思えない。
そんな風に思っていると、律動がさっきよりも弱くなっている僕の心臓(ハート型の貝)を突き刺したままの槍をサメ人魚がある場所へと置いた。置いたというよりも、ある場所へ垂直に突き刺したというほうが正確だ。
【 珊瑚の大樹】の真下に僕の【心臓】のある槍を垂直に突き刺し、何かは分からないけれど白いもの――しかも粉状のものを降りかけたのだ。
その途端、強烈に足の力が抜けてしまい遂にはまともに立っていられないくらいにガクッとバランスを崩して脱力してしまう。
前のめりに倒れ込み、指先すら動かせないどころか話そうとすることさえかなわない。
しかし、そんな異様な状況にも関わらず頭の中には不安や恐怖といった負の感情はなく、むしろ心地いいとさえ感じてしまい無意識のうちに口角を上げてしまうのだった。
銅鑼の音は、あとひとつ____....。
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