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ようこそ、婚姻の儀に至るまでの極楽のような世界へ①
僕が真っ青な顔を浮かべつつ慌てた声をあげると――ふいに鏡の向こうにいるナギの耳が僅かにピクリと動いたような気がした。
けれど、その他には特に反応はない。
むしろ、慌てふためく僕に対して反応があったのは満足顔で当然の結果だといわんばかりにナギの隣に座っている【金野 力】の方だ。
【やあやあ、何を鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をしているんだい?元ダイイチキュウの高校生――いや、ミラージュの第二王子チカ様のお友達といった方がいいかな?久しぶりだねえ……この姿を君に見せるのも久しぶりかな。おや、他のお友達はどうしたのかな?】
「……っ____!?」
中華風の豪華絢爛な紫の衣装から、最初に出会った時のようにカラスみたいな黒のスーツを身に付けた【金野 力】は僕を馬鹿にするかのようにニヤニヤと満面の笑みを浮かべつつ、愉快そうでいてその実何を考えているのか分からないチカがよくしていたような目付きを此方へ向けた。
口元は笑っているのに、目は笑っていない。
そんな風に見つめてくる元クラスメイトの表情を、僕は時たま不気味に思っていた。
けれど、今ここに知花はいない。
いるのは――というよりも、鏡を隔てて対面しているのは、権力と金狙いで仲間に危害を加えようとしている卑劣極まりない臆病者の【金野 力】だけだ。
彼はことごとくミラージュの第二王子であるチカに対抗し、必死でその素振りを真似して取り込もうとしているけれども圧倒的に差がある。
【知花(チカ)】には恐怖を感じても、【金野 力】にそんな感情を抱いたたことなど今まで一度たりともないのだから。
「そっちこそ、いったいナギに何をしたの……っ……!?」
僕は今まで過ごしてきた日々の中で、いつにないくらいに険しい目付きで玉座にふんぞり返りながら隣にいる正気を失い空っぽのままのナギへ気持ち悪い視線を向ける【金野 力】へと問いかける。
すると、まるで僕のそんな態度など大して気にもしていないといわんばかりに【金野 力】は軽快な調子で手をパンパンと叩く。
「まあまあ、ええっと……優太くんだっけ?そんなこわーい顔をしたら可愛い顔が台無しだよ?そもそも、君のお仲間だったナギくんは新しく生まれ変わっただけさ。これから生まれ変わる新しい君と、既に生まれ変わりしかけている他のお仲間たちと一緒に此処で永遠に過ごすためにね。俺がミラージュの支配者になったら、君らを側近にしてあげてもいいよ――そうすれば全て丸く収まる。鬱陶しいあの第二王子も奴隷にしてあげる……皆にとっても、幸せだろう?」
【金野 力】は、まるで僕と他の仲間達――更にはミラージュの第二王子であり己の主といっても過言ではないチカでさえも嘲笑うかのように愉快げに言った。
しかも、わざとらしくチカの真似までして____。
「どんなにチカの素振りを真似してみても……迫力が足りないよ。あんたには、チカが持ってる負のオーラみたいなものも感じない。ただ、彼の素振りや立ち振舞いを真似するだけの――臆病者だ。だから、金や偽りの権力に執着する……ドクターCからも聞いたけれど、自分で命を絶ったのだって現実から……逃げたかっただけ……っ____」
他の仲間達やチカを馬鹿にしてくる、その言葉にカチンときた僕は負けじと【金野 力】へと言い放つ。
すると、今までヘラヘラと軽そうな笑みを浮かべていただけだった【金野 力】の態度が見る見る内に一変した。
と、その直後____【金野 力】が懐にしまっておいた何かを此方へ向かってポイッと投げてきた。
少しばかり離れた場所に放り投げてきたため、パッと見てみてもその正体がよく分からない。
ただ、激しくジタバタと動いているため生き物だということは離れた場所から見ても分かった。
その正体を明らかにするべく、僕が近寄ろうと一歩踏み出した時――激しい地響きに襲われてしまうのだった。
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