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ようこそ、婚姻の儀に至るまでの極楽のような道のりへ②
あまりにも凄まじい地響きのせいで、足はガクガクと震え――とてもじゃないけれど、まともに立っていられない。
ダイイチキュウにいた頃の通学中の電車の振動でさえ何とか足を踏ん張るので精一杯だったのに――なんて場違いなことを考えつつ、とうとうバランスを崩して前のめりに倒れこんでしまった。
すると、先ほどまではただの黒い塊にしか見えなかった【金野 力】が投げたモノの正体が遂に明らかとなった。
というよりも、まるでこのタイミングを狙ったかのように、さっきまでは甲羅を地に着けたままジタバタともがいているだけだったそれが急にガバッと器用に身を起こした後に僕の方まで勢いよく飛んできたのだ。
「う……っ____!?」
そして、狙ってましたといわんばかりに前にも出会ったことのあるその黒い亀は僕の顔へとぶつかってきた。
黒い亀が何のために、僕に対してそんな訳の分からないことをするのか理解できず呆然としていると、それからすぐに黒い亀に徐々にある変化が起きていく。
いや、変化が起きた――というよりも、元々黒い亀に巻き付いていたモノが、僕が前のめりに倒れこんでしまったのを見るや否や姿を表したといった方が正確な言い方だ。
黒い亀に、一匹の蛇が巻き付いていて自らの行動を伴って隠すこともなく【僕に対する敵意】をあらわにしてくる。
一匹の蛇――つまりは【猿田】が、黒い亀を操り激しい憎悪をあらわにしつつ、僕の首に巻き付きながら赤く細長い舌で挑発してくるかのようなわざとらしい口調で、こう囁きかけてくる。
【ふん、この世界の主に忠誠を誓えば、とーってもいい思いをして永遠に楽しめるのにさ。犬飼も、それにお前も……まさか永遠の絆とやらを信じてる訳じゃないよね?仲間同士の永遠の絆?それに、恋人同士の変わることない永遠の愛?アホみたい。そんなもの、あるわけない!! どうして、ぼくみたいに賢くならずに筋肉馬鹿の犬飼と共に馬鹿なことしてるわけ?】
「猿田くん……く、苦しい――」
《憎悪》に憑かれた蛇と化した【猿田】が全身をくねらせながら毒を吐いてくる。
毒といっても、物理的に襲って弱らせようとしてくるわけではない。毒々しい言葉を吐きながら、僕の首に巻き付いてやんわりと精神的に追い詰めようとしてくるのが実に猿田らしい。
猿田にとって、僕や犬飼くんが苦しむのは【極上の喜び】らしく、此方が苦しいと何度訴えてみても止める気配はない。
すると、
【成る程ね……今の君らのやり取りを見て、婚姻の儀の前戯として、とてもいいことを思い付いたよ。だからさ、えっと……君――名前は猿田くんか。その子から一度、離れてくれないかな?大丈夫、君らはまた後で会えるよ……確実にね。だって、そうしないとつまらないからね】
という、【金野 力】の唐突な言葉により【猿田】は渋々ながら僕の首から離れると、またしても地に転がっていた黒い亀に巻き付いて主である彼の元へ移動してしまう。
その直後、【金野 力】が再び手をパンパンと二三度叩いた。
そして、再び凄まじい地響きが起こる。
先ほど起こったのよりも、更に激しいものだが不思議なことに天井にぶら下がっている装飾ほ落ちてこない。もしかしたら、この場全体にかけられた魔法かはたまた何かしらの術のせいなのかもしれない。
でも、だからといって天地に全く変化がないわけじゃない。
何の変化も起きない天とは対照的に地には、叩いた後の硝子みたいに勢いよくヒビが入り――やがて、僕と犬飼くんの体は奈落の底へと落ちて行ってしまうのだった。
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