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極上の楽園と試練と仲間の行方①
*
ふと、気付いた時に抱いたのは、今いるこの場所が何処かという不安よりも――むしろ頬に当たる何かによる、くすぐったさだった。
(何だろう……この、くすぐったさ――それに……犬飼くんは……どこに____)
頬に感じる妙なくすぐったさを不思議に思った直後、今まで共にいた筈の犬飼くんがいないことにも気付いて目線を左右上下に動かしてみる。
すると、真上に白い花が満開に咲き誇る木が聳えていることに気付いて思わずその幻想的な美しさに見惚れてしまう。頬には、まだくすぐったさが残っているため僕はそっとそこに触れてみる。
すると、一枚の花びらが僕の頬に乗っかっていた。
長い楕円形に先端が尖った花弁____。
色は微かに違うものの、僕はこの花びらに見覚えがあった。かつて誠や想太と共に暮らしてダイイチキュウでも見たことがある。
「白い……桃の花____これって……どっかで――」
そして、ふっ……と思い出した。
「これ……想太が持ってた栞の花――もしかしたら、想太はここにいるのかも……っ____」
かつて、ずっと共に過ごしてきた双子の想太。
共にいた時間は、誠やミスト達と比べると遥かに長い。
慌てて立ち上がった僕は、その際にまたしても些細な異変に気付く。
何となく、履いているズボンのポケット辺りに違和感がある気がしたのだ。何か固いものが当たっているような――そんな妙な違和感。
ここに来る前には、そんな妙な違和感を感じていた訳ではなかったため気にはなったものの、それよりもずっと再会したいと願い続けていた想太に遂に直接会えるかもしれないという感覚に支配された僕はそのことは後回しにして白い桜の木がずらりと左右に並ぶ道を歩いて行くのだった。
不安など、感じない。
あるのは、ずっと会いたいと願っていた家族に会える期待だけ____。
*
少し冷静になって辺りを見渡してみると、まさに楽園というべき幻想的な光景が広がっているのに今更ながら気付いた。
想太の姿を求めるあまり、前へ前へと歩いて行くのに必死だったからかもしれない。
遥か先には、白い桃の花が咲き誇る山々が聳え立ち、その真下から聞こえてくる水の音。
高く聳えたつ山々の下に広がる大きなエメラルド色の泉には、淡い桃色の羽が目を引く鳥が何羽か水浴びをしている。尾っぽが虹色なのが、とても幻想的で思わずボーッと見惚れてしまう。
爽やかな風が吹く度に、山々から白い桃の花びらがひらりひらりと舞い落ちてきて、それが泉の水面へと波紋を広がせていく。
更に泉を取り囲むようにして、ぽつん、ぽつんと何十軒か民家があることにも気付いた。立派なものとはいわずとも、人が住むには充分な藁葺きの民家だ。
その光景を目の当たりにした僕は、かつてダイイチキュウの通学路での想太とのやり取りを思い出した。
『ねえ、今日のテレビの光景見た?いいなぁ……田舎って――冬の季節に雪が見れてさ。だって、ここは都会だから雪は滅多に見られないもんね……きっと凄く幻想的な光景なんだろうな……優太も、そう思わない?』
『ええーっ……嫌だよ、雪なんて。冷たいし、すっごく大変そうだしさ……例えば、雪かきとか……』
あの時は下らない会話をしていたけれど、ふと想太が次に話した言葉が妙に僕の心に残ったのが今になってハッキリと思い出された。
『なんか……双子なのに似てない部分があるよね――ボクと優太って。ボクは雪が舞って白くなる風景って綺麗だと思うけどなぁ……いつかそんな幻想的な場所に行ってみたいよ――今いるここは、何かが違う気がする』
そんな想太との過去のやり取りに気を取られつつ、前へと進んで行く内に、やがて大きな泉のほとりに着いた。
そして、ふとどこからか気配を感じた僕は自然と目線をそちらへ向けてみた。
人が泉のほとりにて、しゃがみ込んでいたのだ。
僕が一歩、一歩背後から近づいてきているにも関わらず――その小柄な人物は一切振り返ることもなく、ただひたすら眼前に広がるエメラルド色の泉の水面を覗き込んでいる。
かなり近づいてきた僕の方には目もくれず、未だに泉のほとりにしゃがみ込みながらジッと水面を覗き込んだままの相手は、まだ子供なため、一歩間違えればそのまま足を滑らせ落ちてしまうのではないかと咄嗟に思ってしまった僕は慌ててそこから離れた方がいいと警告するために更に彼との距離を縮めるのだった。
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