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神馬がおわす場所は【理想郷の泉の底に沈む楽園】なり②
とにかく、全身から青白い光を放つ不思議な存在の《彼女》と出会った後に意図せずに、大樹くらいの巨大なキノコの前に連れて来られた僕と哀れな子供は逃げ出すこともなくその場に立つしかなかった。
《彼女》が、ふと巨大キノコの太い柄の真ん中辺りを何度か軽くノックする。
すると、待っていました――といわんばかりに、柄の中央に縦の亀裂が入っていく。そんな様を、辺りで優雅に飛び回っていた妖精の集団が興味深そうに見ている。
ただ、見ているだけじゃなくて巨大キノコの赤と紫の斑点柄のカサの上に乗っかりながら、まるでウサギが飛びはねるように軽快にジャンプしているせいで周囲にタンポポの綿毛によく似ている白い胞子が僕と哀れな子供の体に纏わりついてしまった。
そのせいかハッキリとは分からないけれども、その胞子を浴びた途端に体中が痒くて痒くて堪らなくなってしまう。
それは、傍らにいる哀れな子供も同じようでしきりに体を掻きむしっている。途徹もなく痒い筈なのに、口元は笑っているのが不気味だ。
でも、それは自分も一緒で今の自分は彼と同じように耐え難い苦痛に襲われながらも、快感を抱いて妖精達に負けずとも劣らないような笑みを浮かべているんだ――と気付いた直後のことだ。
「さあ、どうぞ……この中へ____」
今までは何も言わず背中を向けて立っていただけだった《彼女》の言葉を聞いたことによって、僕と子供は何の疑問を持つこともなく巨大キノコを柄の中にある《世界》へと足を踏み入れることになってしまうのだった。
どんなに得たいの知れない光景が広がっているのだろうか――と不安を覚えながら、おそるおそる巨大キノコの柄の内部に入ったのだけれども僕の想像を裏切り、内部はただ真っ白で広大な空間が存在するのみだっため、とりあえずは安堵した。
しかし、思わず安堵の息をついたのも束の間――僕らに背を向けて立っている《彼女》が前へ手をかざした直後に下へ、下へと一気に下降していくのだった。
*
「いらっしゃいませ……」
まるでエレベーターの如く降下し続けていた巨大キノコが、ふと動きを止める。
そして、さっきと同様に《彼女》が手をかざすと縦に巨大な亀裂が入り、またしても新たな光景が僕らの眼前に広がっていく。
青白い光を放つ《彼女》とは別に、見知らぬ存在が僕らを待ち構えるように立っていた。
その人物は、最初は眼鏡をかけた見知らぬ男性の姿をしていた。かろうじて、ダイイチキュウ人だということは察したのだけれど、詳しいことなんて分かりようもない。
そもそも、服装は一貫して灰色のスーツを着ているものの、それは僕がまばたきをする度に顔が変わっていくのだから不思議な存在を通り越して不気味でもある。
最初は眼鏡をかけた男性のもの、次は子供の顔――老人の顔へ。そして、最終的には僕が愛しいと感じて止まない誠や他の仲間達の顔へ。
(こんな……こんなこと……あり得ないよ……っ____)
そう思わずには、いられない。
そうは分かりきっていても、それでも嫌な感じがしないのはニコニコと穏やかな笑みを浮かべながら、僕らの反応を待っているからかもしれないと自分を納得させるしかない僕なのだった。
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