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おもちゃの列車は走るよ、どこまでも①
*
「さあ、あなた方が望む物は――此方にいらっしゃいます。どうぞ、ごゆるりとお買い物をお楽しみくださいませ」
瞬きをする間、幾度となく顔が懐かしい存在のものに変わっていくといった、青白い光を纏う《彼女》に負けず劣らず不思議な案内人に誘われている内に僕らは極めて幻想的な場所にたどり着いた。
地には一面水が流れており、その上を不自然さもなく軽やかに歩いていく。
普通であれば、というよりもダイイチキュウであれば、そのまま水中へと溺れてしまってもおかしくない筈なのに、またしても青白い光を放っている《彼女》が手をかざすだけで、そんな概念などハナから存在しないかのように上手いこといったのだ。
そして、目の前に突如として大きな黄金の扉が出現した。それまでは、確実に存在しなかった筈なのに、まるで僕らを待ってましたといわんばかりに現れたその扉を怪訝そうに見つめるしかなかった。
しかし、それでも僕はその黄金の扉の中にある《何処か》へと進んでいくしかなかった。このまま、行方知れずの誠達を放っておいて立ち止まる訳にはいかなかったし、何よりも扉の内側から懐かしい音楽と共に誰かの楽しそうな声が聞こえてきたからである。
かつて、ダイイチキュウにあったデパートで聞いた覚えのある音楽が扉の内側から流れてきたため導かれるようにして歩みを進めていく。
そして、遂に中へと一歩踏み出した時のことだ。
【わあ~……凄い、凄い!!こんなにいっぱい、欲しいものがあるよ……ねえ、きみもこっちにおいでよ……ここには、こーんなにたくさん欲しいものがあるんだ……あっちに、きみか欲しいと思ってるお人形があるよ】
僕は、自分の目を疑った。
そこには、僕を待ち構えるようにして満面の笑みを浮かべた――かつての、僕がいた。子供の頃の想太が好んではいていた焦げ茶色の半ズボンとは色違いの灰色のズボンをはいて、お揃いの黄色い帽子を被った水色のスモック姿の【かつての僕】が戸惑いの色を浮かべ固まるばかりの僕の手をグイッと引き寄せて僕が欲しいものがある場所まで連れて行こうとしているのだ。
扉の中はまるで夜のトンネルみたいに前方が見えにくい暗闇に包まれていて、【かつての僕】の姿や側を歩いている母思いの少年が何故こんなにもハッキリと見えているのか不思議でならなかった。
でも、やがて共に行動している《彼女》が身に纏う【青白い光】に照らし出されているからだと気付いて謎が解けたせいか妙にしっくりきてこれまで味わったことがないくらいに強烈な安堵感に包まれるのだった。
*
そして、【かつての僕】に手を引かれて青白い光を纏う《彼女》と共にある場所へと着いた。
そこには、幼い頃の僕が手に入れられなかった玩具やらが、まるでデパートに並べられてる商品のように配置が乱れることなく丁寧に置かれている。玩具の種類も、決してひとつだけじゃない。
ぬいぐるみや、お人形……それにカタコトと音を立てて走り続けるモノレールなど様々な種類のものが並べられているのだ。
ふっ、と何故だか無性に上が気になって顔をあげてみる。
すると、シャンデリアの代わりだといわんばかりに白い天井から――ダイイチキュウで嫌というほどに見慣れていた《切り取られた新聞記事》が吊り下げられていることに気付いたのだった。
ボーッとそれを眺めているうちに、重要な事実に気付いてしまう。
子供部屋に吊られるモビールのように、ゆらゆら揺らめく、切り抜かれた新聞記事も――先程この場所に立っていて今はいつの間にか姿を消した男性の顔と同様に僕が瞬きをする度に記事の内容が万華鏡の如く変わっていくのだった。
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