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おもちゃの列車は走り続けるよ、冬の町を①
「母……さん……っ____」
コトコト、カタカタと音を立てながら楕円形なレール上を走り続ける《おもちゃの列車》の車窓から中を覗き込む【白波希星】につられ、僕も同じように車内の様子を覗き込んでみる。
すると、目に飛び込んできたのは白馬のぬいぐるみを大事そうに抱えつつ、おそらくは嗚咽を漏らしているであろう年配の女性の姿。
蹲り、まるで今にも泡のように消えてしまいそうな程に小さく縮こまっている彼女が手にしている白馬のぬいぐるみは、かつて【白波 希星】が怪我を理由に引退する前に乗ってレースにひっきりなしに出ていた当時の《ゴールドアロー》という馬の容姿とそっくりなのが見てとれる。
そんな儚げな彼女の様を、元騎手である彼は目を細めつつ微かに涙ぐみながら窓の外から見つめ続け必死で呼びかける。
(ああ、そうか……彼は病弱な母親のために……騎手になったんだったっけ……すっかり忘れてしまっていたけれど、彼は――また、騎手になって活躍することを心の底から望んでるんだ……)
ポッポー……
《おもちゃの列車》は最前列の車両の煙突からもく、もくと煙が吹き出しながら走り続けていく。それは、とてつもなく膨大な量で一旦は《白波希星の母》が見える車窓全体を覆い尽くしてしまう。
(気のせいかな……少し――スピードが……さっきよりも遅くなっていっている気がする……でも、どうして急に____)
ぼんやりと、そんなとりとめのない事柄を考えつつ、ようやく綿菓子のように真っ白な煙が覆っていた車窓へと再び視線を向けてみる。
そして、僕は――目の前に広がっている光景に目を疑ってしまう。
綿菓子のような煙が覆い尽くしてしまうまでは、両手で馬のぬいぐるみを抱えつつ縮こまった女性が座っていた。
けれども、今は違うのだ。
彼女が座っていたはずの席にいるのは、いつの間にか女性から幼い男の子へと変化していた。
その子供の正体を、僕が知らない訳もない。
熱心に栞を挟んだ本――【夜に旅する】を目で追っている《想太》は外側から覗き込み、必死で彼の名を呼び続ける僕には目もくれない。
そんな中で、またしても――僕に襲いかかる異変に気付いた。
さっきよりも、途端に寒く感じたのだ。
おそらく、それは僕だけに感じる異変なのだろうと思ったのは、隣にいて魂が抜けたかのような虚ろな瞳で列車内を見つめている《白波 希星》は寒さを感じているような素振りは見せていないからだ。
がた、がたと小刻みに体全体を震わせ、歯がかちかちと鳴り――更には煙草のような白い煙を吐く。
その白い息は、やがて風に乗り《おもちゃの列車》の車窓を覆う。
今までは単に曇っていただけの車窓にも、ある変化が起きる。
突如として冬の空を飾るクリスマススプレーを吹き掛けたかのように、さっきまでは透明だった筈の窓の硝子に白い綿みたいな文字と絵が浮かんできたのだ。
【 Merry White world 】
「楽しい……白の――世界を?」
思わず、ポツリと呟いた僕と今まではひたすら開いた本に目を通して俯いていただけの《おもちゃの列車内にいる想太》が顔をあげて僕をまっすぐ見据えたのと全く同じタイミングだった。
そのせいで、僕は《かつてダイイチキュウにて雪を見たいと願っていた頃の面影を残す想太》と目が合ってしまったのだった。
彼は、ニコリと微笑みかけてきて――更には目線を僕の方から真横へと移す。
そして、僕も自然とその行動につられるように視線を移すのだった。
ずっと探し続けていた、ミストと引田(ライムスもだ)――それに仲間や友達というだけではない特別な想いを抱く誠の姿に生き写しとしか言い様のないデフォルメ化した人型のぬいぐるみへとだ____。
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